この丸メガネはミュージシャンなの?

音楽ブログを早々に諦め、ゆるめのサブカルブログへ男は舵をきった

約束のネバーランドって「鬼」より「ママ」だよね

今週のお題「鬼」

「鬼を倒すあのマンガ」ってなに?

 

鬼滅の刃のチェック


はてなブログがいつも提供してくれる「今週のお題」は、ブログのテーマを考えるのが面倒なゆえにブログの更新頻度が落ちるという体質のおれにとって、とてもありがたい企画だ。

というか、体質に合わないのに、なぜおれはブログを書いているのだろう?

文章を書くことが好きなわけでないし、コツコツ積み重ね型の作業が好きなわけでもない。
で、有意義な知識を持ち合わせているわけでもない。
さらに現状では特に広告なども貼っておらずなんの収入源にもなっていない。

"なぜブログを書いているのかわからない"ブログに書いている今、大いなるパラドックスが脳内を侵食しだしたので、テーマに戻ろう。

今週のテーマは「鬼」らしい。
ちなみに、いつも今週のお題を書くときは、お題に答えられる何らかのアイデアが浮かんだときだが、今回はなにも浮かんでいない。

ここから先なにを書くのか、どのように締めるつもりなのか。がんばれメガネ。

 あっという間に2月がやって来ました。なんと124年ぶりとなる2月2日の節分にちなんで、今週は「鬼」をテーマに皆さんのエントリーを募集します。「仕事の鬼」「節分の思い出」「幼い頃に見た妖怪」「我が家の鬼瓦」「鬼を倒すあのマンガ」など、「鬼」にまつわるブログを書いてみませんか? ご応募をお待ちしております。


 書くことがなさすぎて、とりあえず今月のお題のお題たるゆえんを引用してみた。


やはり気になるのは「鬼を倒すあのマンガ」の部分だ。

もはや答えは例のあれしかないようなイージー問題だ。

とはいえここで、例のあれである鬼滅の刃について語り出すのは、なんかこう出題者の手のひらの上で踊らされているようで、素直に書きだせないとこがある。

とはいえここで、地獄先生ぬ〜べ〜を出すのも、なにか違う気がする。
なにかどころじゃなく、絶対に違う気がする。

旬を読むならば、映画化もされた約束のネバーランドだろう。
けっこう自分でもいい線をついたと思うダークホースだ。


約束のネバーランドとは

約束のネバーランドのあらすじ

小さな孤児院グレイス=フィールドハウス。
ママと慕う彼女は親ではない。
そして一緒に暮らす彼らも実の兄弟ではない。

平穏なこのハウスでささやかながらも幸せな毎日を送るエマ、ノーマン、レイ。
しかし、彼らの日常はある日突然終わりを告げた。
子供達を待つ数奇な運命とは。
運命の刻は来た。脱獄ファンタジー

という感じの、具体的に要約するには壮大すぎるファンタジーだ。
むろん立ち向かうべき相手として、鬼がばっちり出てくる。
 


愛すべきママの裏の顔を知った衝撃は、鬼の比じゃない。

ただ鬼は出てくるのだが、正直言って約束のネバーランド鬼のイメージが薄い

なぜなら、1巻で知るママの裏の顔(実は鬼の食用にするため、子供たちを育て出荷していた)を知ったときの衝撃が凄すぎるからだ。

疑いもしなかった身内が、まったく別の顔を持っていたときの衝撃。

このホラー具合は大人になった今だからこそ、真の恐怖と衝撃をじっくり味わうことができる。
少年ジャンプ本来の読者の少年には、もったいないほどの深く濃厚な闇だ。

おれは最初の子供出荷シーンでママの裏の顔を知ったとき、あまりにショックすぎて思わず本を一度閉じて1ページ目から読み返すほどにあまりのショックを受けた。
こんな感じに行動と日本語がおかしくなるほど混乱を伴う衝撃だった。

おそらく原作の白井カイウの想定を超えるほど、ママの裏の顔は人々にトラウマを植えつけた。

そして、それを見た後だと、もう鬼ごときでは驚けない。

鬼なんてどうでもいい。とにかくママのいないネバーランドは物足りない

これはおれだけかもしれないが、ママの手から逃れてGFハウスを出た瞬間に、あの漫画は熱量をがくっと失う。いろいろ反対意見はあると思うが、少なくともおれは失った。

鬼なんてどうでもいい。約束なんて破っちまえ。とにかくママが恋しくてしょうがない

そしておれは1巻へと戻ることを決意して、必然的にせっかく逃げられたはずのエマたちもハウスへ戻ることとなり、再びママからの脱走劇を繰り広げることとなった。

あれ以来、なんどママからの脱走を繰り返しただろう。
ようやく逃げきった瞬間に、おれの手によってエマたちはまたハウスへと戻されるという、悪夢のループが起きている。
ある意味、鬼はおれだ。


とにかく以上の理由から、おれにとって約束のネバーランドといえば、「鬼」ではなく「ママ」なのだ。


「鬼ではなくママなのだ」というバカボンのパパ的なセリフでブログを締めるとは、書き出したときには、まったく想像もしていなかった。

だから人生はおもしろい。
では、おやすみなさい。

 

サラリーマンの通勤ストレス全消しの魔法のビジネスバッグおすすめ1選

お題「#買って良かった2020

AERのバッグ

このバッグは本当に試してほしい

通勤バッグの必須項目をすべて満たす究極のメンズ用バッグを見つけてきました

いつの時代でも通勤用バッグを選ぶという行為は、喜びと苦悩とが混ざり合う悩ましいものである。

プライベート用のバッグ選びと異なるのは、とにかく制約が多いということだ。

例えば、おれの場合(都内在住・電車通勤・PCの持ち運びあり・たまにクライアントへの往訪がある・カバンが重いとやる気が消える)だと条件はこうなる。

ビジネスバッグに求めるマスト項目

  • 両手がフリーで使えること。
  • パソコンを安心して持ち歩けること。
  • パソコンを楽々持ち歩けること。
  • できるだけ軽いこと。
  • でもタフであること。
  • そして雨にも強いこと。
  • 社外の人間と会っても嘲笑されないデザインであること。
  • あわよくばプライベートの利用でも違和感のないデザインであること。
  • 満員電車でも荷物(kindleタブレット)をすぐに取り出せること。
  • 上記を満たしつつ、お手頃価格であること。

ざっとこんなものだろうか。
絵に描いたような欲ばりボーイだ。
ただ、都心部で働くサラリーマンの要求は、概ねこんな感じだろう。

"あわやよくば" をつけた時点で、マストという意味と矛盾が起きるのだが、それをあっさり許せるくらい、おれは自分に甘い。
このストレス満載なアーバンライフを生き抜くコツのひとつは、自分に極力甘くすることである。

悩めるアーバン(都会派)メガネ(おれ)の前に、AERという新進気鋭のブランドが現れた。

で、上記項目をマストとして探すのだが、いかんせんコレだ!というブランドや商品が見つからないのだ。
おれでいうと、条件のひとつめで「手持ちのバッグ」という選択肢が早々と消えるという、極めて難易度の高い項目群だ。

しかし、おれは見つけてしまったのだ。
上記マストポイントをすべて満たす究極のバッグブランドを。

それが『AER(エアー)』だ。


「聞いたことねえな」
そう思った方も多いだろう。
いってもブランド創設から10年も経っていない、まだまだルーキー的な存在だ。

まあ、おれがごちゃごちゃ言ってもどんなブランドから伝わらないので、ブランドHPから案内を紹介しよう。

ちなみにこのブログを経由してAERで誰がいくら買おうが、おれにはなんの見返りもない
完全なる男気あふれる無償の宣伝なので、レビューの信憑性は他よりあるはずだ。

 

【About the AER】

Our Story
AERはサンフランシスコベイエリアを拠点に2014年に都市におけるジムとオフィス向けバッグを一つの現代的なデザインにするクラウドファンディングプロジェクトから誕生しました。
AERは現代におけるニーズを満たす新たな視点を提案し、都市生活をよりシンプルに豊かにすることを使命としています。
日々変わりゆく都市を行き来するプロフェッショナル、アスリート、トラベラー向けに様々なシーンの移動や旅にふさわしいコレクションを創造していきます。

Our DNA
都市のニーズを満たす機能、洗練されたデザイン、建築的なスタイルの調和のとれたミニマリストバッグを創造することを目指しています。

Simplicity
物事をよりシンプルで洗練されたものにするミニマリスティックな思考

Utility

高い機能性、ユーザーフレンドリー、スマートデザイン

Durability
耐久性の高い、上質な素材(生地・トリム)を使用


ああ、スタイリッシュ。
もうなんか説明の仕方も口調もスタイリッシュ。
ところどころ、おっしゃる意味がわからないがとにかくスタイリッシュ。

おれみたいな格好から入るアーバンメガネをぐっと引きつけるキャッチーな文章だ。

そして、実際に使用しているおれからして、上記の文言にひとつもフェイクはない。
「物事をよりシンプルで洗練されたものにするミニマリスティックな思考」のあたりはマジで意味不明だが、とにかく嘘はついていない。

忠実にコンセプト通りの商品展開をしている。

で、あと、なんでこの売り文句の中に書いていないのか謎でしょうがないのだが、このバッグのクオリティからするとめちゃくちゃ安い
ほとんどの商品が「1〜3万円内」におさまっている。

例えば、ナイロン系ビジネスバッグの雄、TUMI(トゥミ)BRIEFING(ブリーフィング)と比べたら、5分の1とか10分の1とかで済む、極めてコスパの高い商品だ。
というか奴らが高すぎるのもある。

しかも、AERの性能がTUMIやBRIEFINGに劣るかというと、全然そんなことはない。
おれは1年もの間、AERをヘビーユーズしたが、まったくヘタる気配はないし、パーツもなにひとつ欠損していない。

またTUMI・BRIEFINGの代名詞であるバリスティックナイロンと比べて非常に軽い。
というか奴らが重すぎるのもある。

TUMIのバッグとか、ナイロンの網目に鉄でも入れているんじゃないかというくらい重い。
あそこはブランド、プロダクト共に上質なのは間違いないが、重さでおれの体から元々少ないやる気を奪っていく。

あとこれはおれの独断にして偏見だが、TUMIやBRIEFINGは、女子が価値をわかってくれない
かつてドヤ顔でBRIEFINGのバッグを使っていた時から薄々思っていた。

男子からの熱狂的な支持と比べて、女子共のリアクションが異常に低い。
むしろ"バリスティックナイロン" が "ナイロン"というだけで、こやつらは合皮以下に見てるんじゃないかと思うことすらあった。
そしてこの疑念はいまだに持っている。

「なんかドンキで売ってそうだね」
そう冷たい目で言われそうな被害妄想が頭をよぎるくらい、男女間で温度差があるブランドだと思う。
まあ拙者は、女子受けなぞ不要なんでナイロンでいくぜよ


AERの中でも一番おすすめなのはどれよ?

話をAERに戻そう。
ブランドコンセプトに沿った傑作プロダクトが並ぶAERだが、中でもおれが推したいのがこれだ。


【Sling Bag 2】だ。

AERのSling Bag

AERのSling Bag 2 グレーとネイビーもあります。


こいつが素晴らしいのは、なんといってもワンショルダーということだ。
なぜワンショルダーだと素晴らしいのか?

それは満員電車の中で初めて気づくのだ。


その前にまず前提として、ビジネスバッグ界にはここ数年、バックバック(リュック)の大波がきている。

これはまず第一に、PCの持ち運びが一般化したことによるものだろう。
ノートパソコンを持ち歩くことにより、20年前と比べ間違いなく1キロは荷物の平均重量が上がった。
ノートパソコンとペットボトルドリンクと愛妻弁当を入れたとしたら、ちょっとした鉄アレイくらいの重さになる。

さすがに片手で持ち続けるのは、つらい重さだ。
愛妻弁当を生涯一度も運んだことのないおれだが、それくらいはわかる。

また第二に、常時スマホを手に持つことが当たり前となり、少なくとも片手はスマートフォンでふさがることになった。
この幻影旅団の団長的な制約が、なかなか厄介なのだ。

クロロとヒソカ

団長さんは戦うとき右手に本を持ってないといけないの




"片手にスマホ、片手にバッグ、つり革持てずによろける男"
そんな悲しい光景を電車でなんど見ただろうか…。

もはや現代において、手持ちバッグが淘汰されていっているのは必然と言えるだろう。

あ。
ここから数行は超余談だが、上記の「片手にスマホ、、」の文章がやけにリズミカルなことに気づいてしまった。
もう一回書いてみよう。
"片手にスマホ、片手にバッグ、つり革持てずによろける男 (ヨーオッ)"

おお! 思わず合いの手をいれてしまったほどリズミカル!
もう執筆への集中力はゼロだ!

満員電車でクルリンパが炸裂。リュックにはできないワンショルダー必殺技。

とにもかくにも重い荷物を運ぶという一点で言えば、バックバックは最強だ。

だが、バッグパックの勢力拡大が著しい現在、電車の中で新たなマナーが誕生していることをご存知だろうか?

満員電車においては、バックパックはお腹側で抱えるべし
これだ。
この都心部では暗黙の了解となった、カンガルーの掟だ。

バックパックを背負ったまま電車で立つのは占有面積が非常に大きい、要するに邪魔になる。
特におれも使っている都営大江戸線など、そもそもの車体サイズが小さい電車では、なんだか邪魔どころではなく、舌打ちが飛び交うほどに邪魔になる。

なので満員電車では、カンガルーよろしくお腹側にバックパックを抱えて立つべしというのは、今や東京では誰もが実践している通勤マナーなのだ。

だが、ここにひとつ障害がある。
バックパックは超絶にお腹側への移行が難しいのだ。

バックパックをお腹側に抱くには、まずバックパックを両肩からおろさざるを得ない。
しかし何度も言うように、ここは満員電車だ。
乗客満員の大江戸線バックパックを肩から抜いて、お腹側で持ち直すのはマジシャンの縄抜けに近い大技だ。
そこらの運動不足のパパさんがやろうもんなら、関節がはずれかねない。

しかし、それがワンショルダーならどうだろう?
下の写真を見て想像して欲しいのだが、この青年が右脇側にバッグを引っ張るだけであっという間にカンガルーになれるのだ!

もうお分かりだろう。満員電車という状況を踏まえた場合、通勤バッグはワンショルダーの一択なのだ。

さらにAERは、ワンショルダーにありがちな、小学校高学年的幼稚さは皆無。
大人が持って耐えうる、"言われてみればヨウジ・ヤマモトっぽい" ほどに洗練されたデザインである。
もちろんPC用のパッド付きスリーブもあるし、なんと汚れたり濡れたものも入れられる完全別室のポケット(コンセプト的にはジム用のシューズ入れらしい。おれは折り畳み傘に使用)もついている。

いや、はっきり言って、マスト買いですよ。
だって、だってこれで、¥ 14,300(税込)ですよ!!!

 

AERのワンショルダー

この状況からスムーズにカンガルーになれるのがワンショルダーの利点


いやービジネスバッグ難民歴の長かった私なので、ちょっと今回はAERの凄さを再確認できて、興奮しましたね。

ただ何度も言うが、今回の内容はまったく金銭的なバックのないバッグの宣伝(ラッパーなので韻が踏めると思ったらガッツリいきます)であり、だからこそ信用していただければと思います。

「こんないいブランドを紹介してくれてありがとな、アーバンメガネ」
そう1ミリでも思ってくれた方は、せめておれのアルバムでも拡散しといてください。

金なんて払わなくてOKです。King Gnuとかサカナクションとか言ってるシャレオツな女子に送りつけてやってください。

では。

linkco.re

切ない曲を作り、切ない気分に浸る、切なさのマッチポンプ

切ない曲のジャケット

切ねえぇぇ

切ない。
ああ切ない。

今自分で作った曲を聴いて、自分で切なくなっている。



韻を踏みまくった切ない曲を作ろうとふと思って、軽い気持ちで作り出したら、ちょっと感情移入しすぎて、自分でヤラれました。
はてなブログ今週のお題「大人になったなと感じるとき」に若き日の恋をかこつけようと目論んだけど、ちょっと切なすぎて書ける気がしないのでやめます。


X JAPANYOSHIKI
が、hideの追悼曲を自作して、それがあまりに悲しい出来すぎて、自らさらに悲しみへと落ちていったというエピソードがある。

それを聞いたおれは「天才ってすげえな」と思ったが、まさか自分に同様の現象が起こるとは思ってもみなかった。

もちろんおれは、YOSHIKIと同列で語るような天才ではなく、ちょっぴりシャイなポンコツメガネ野郎だが、
なぜか切なさのマッチポンプが起きてしまった。

てなわけで、切なさをおすそ分けします

ではでは。

5時のチャイム
日曜 夕方 まな板むかう後ろ姿
ひとつにまとめた見慣れた髪型
それ以上 望むものはなかった

病めるときは 傷をつけあい
健やかなるとき 傷をなめあい
むき出しのまま つきさしたまま
抱きあい 泣きあい そして笑った

熱い青い季節は去り
ぼくらはあっさり大人になり
新たな感情を覚えなくなり
ただただ生きていくことを知り

退屈にまかせ肌を重ね
終わった頃にはもう夕暮れ
未来のことで心が揺れ
忘れるために またリプレイ

ひび割れた日々のループ
流しに捨てた腐ったスープ
ドアノブまわし きみは選ぶ
バイバイ
そして ごめんね


鍵付きデスク その片隅
隠していたぼくの暗い罪
勘がいいきみ 知らないふり
してたかどうかわからないまま

針の上の天使のよう
冷たい結晶の金平糖
下から近づく揺れる炎
漏れる吐息 はずれるブレーキ

電球消した部屋で光る
レンズに向かい ぼくは喋る
五月雨式に記憶あふれる
涙目になり おえつ漏れる

諦めよ 我がこころ
きみが残したボードレール
獣の眠りがぼくのゴール
きみだけが見るエンドロール

このムービーをきみに捧ぐ
おそらくきみの胸をえぐる
死ぬまで映像は記憶に巣食う
その想像がぼくを救う

あの日 きみが回したドアノブ
きつくかたく結いたロープ
構図はOK ピースのポーズ
最期の1分 最高の気分だ

 

耳栓がすっぽり取れたよう!イヤホン難民を救う究極の超コスパイヤホン1選!

お題「#買って良かった2020

ヘッドフォン

後悔させない自信があるぜ


 音楽フリークのこだわりと庶民の金銭感覚を両立させたおれのイヤホンチョイス

音楽を作っているだけあって、おれは音にうるさい。
だが、コロナしかり一寸先は闇といっていい現代社会でサラリーマンとして日銭を稼いでいることもあり、同じくらいお財布事情にもうるさい。

食えずして娯楽はないのだ。

どの業界でも、高いものには高いだけの理由がある。
それが希少性に基づくものなのか、質の向上のために割かれる費用に基づくものなのか、それを見極めるだけでも、ひとつ賢い買い物ができる。

ただしオーディオ業界は、上記の意味ではあまり隙がない業界である。
要するに、高い機器は優れた音響的要素を実現するために高くなっており、つまりは性能が価格に比例してしまうのだ。

音響事情とお財布事情のふたつから、リーバイスの革パッチの絵のように逆方向へ引っ張られているおれにとっては、なかなか手強い業界だ。

リーバイスのジーンズの革パッチ

リーバイスの革パッチ ※馬がジーンズを逆方向に引っ張っても破れませんよという丈夫さを表した図


しかし、うろ覚えではあるが、ジュラシックパークにてあの悲劇を生み出したマッドサイエンティストな博士が語ったとおり、超うろ覚えではあるが生命の進化にはカオス理論というものがあり、進化の過程の中でありえない突然変異というものは現れるのだ。

そして、おれは通例では説明できないコスパを持ったイヤホンを発見してしまった。


主役の前にまずは完全ワイヤレスイヤホンに悩んでいる方にはこれ!

おれがためにためて今回紹介しようとしているのは、ズバリ有線イヤホンである。

だがiPhoneからイヤホン用の穴が消えて久しい今の時代だ。
当然「有線イヤホンなら必要ねーわ」という読者も大勢いるであろう。

なので、メインイヤホンの前菜として、完全ワイヤレスイヤホンの推しも紹介しておこう。

はい、これはズバリSONY(ソニー)ワイヤレスノイズキャンセリングイヤホン WF-1000XM3』だ。
今更だが、これは本当に本当に良いイヤホンだ。

Sony WF-1000XM3

今なお最強完全ワイヤレスイヤホン「Sony WF-1000XM3」



もちろんiPhoneユーザーなら、まっ先にAirPodsが候補に挙がるだろうし、その選択肢で全然アリなのだけど、どちらも使った結果、音に関してはやはりSONYの勝ちだった。(個人の感覚す)

こちとら何年イヤホンやってると思ってんじゃい、beatsだドレーだ加わろうがまだまだ奴らも青二才よ。という、ソニーの漢としてのプライドが見える音づくりだ。(個人の妄想す)

ただおれが言うまでもなくこのイヤホンは各ブログや雑誌で大絶賛で、もう余りに話題になりすぎて、本当に今さら説明するイヤホンでもないのだが、いやほんと最初使ったときは音の良さにびびった。
さすが日本の音響のプロフェッショナルな現場を支えている企業だ。

Bluetooth®(ブルートゥース)もバージョンが5.0になりかなりの音質レベルまで向上した。
とはいえ、やはり巷にはとりあえず聴ければいいというレベルの物がほとんどだ。
そこはさすがのSONY、今まで積み上げてきたスキルが違う。
AirPodsも非常に音が良いため、この二つで比べたらそこまでの顕著な違いはないが、他の完全ワイヤレスと比べたらもうレベルが違いすぎる。

このイヤホンに続けとばかり、ヤマハゼンハイザーパナソニックの音響特化ブランドのテクニクスなども、同レベル以上の音を実現したイヤホンを販売した。

が、やはりソニーは伝家の宝刀ノイズキャンセリングがレベチだし、音に強いわ生活家電に強いわのスキルをいかんなく発揮し、細々とした外部音取込みなどの機能への目配りもすごい。生活の相棒としてのイヤホンという部分でずば抜けている。

しかも音のカスタマイズ性も高く、"通信安定度を少々損なってでも高音質"というブーストや、細かなイコライジング設定までアプリでかけられるので、自分好みの音をプロデュースできる。

ちなみにAirPods proよりも大体5〜6000円程度安く買える。てか上記イヤホンで一番安い。

SONYの話はここまで。ここからがが今回のメイン。コスパ最強にもほどがある『ZIRCO DUOZA III / ¥12,080【ZERO AUDIO】』の紹介だ。

「完全ワイヤレス試したけど、やっぱ音悪いし有線だな」

そう思ってビックカメラヤマダ電機の有線イヤホンコーナーを覗いたことがある方なら覚えがあるだろう。
ちなみにビックカメラビッグカメラではない。ビックだ。ビックってなんだ。

まあいい、そうここ数年、謎の聞いたことない系メーカーたちの商品がイヤホンコーナーで幅をきかせているのだ。
以前はソニー、ケンウッド、オーディオテクニカパナソニックあたりがブイブイ言わせて並んでいたコーナーに、異変が起きている。

そこまで名前は知られていないが、ネット口コミで尋常じゃないコスパ評価を得ているイヤホンブランドが台頭してきているのだ。

まずその筆頭はファイナル(final)だろう。エントリーモデルならおよそ2,000円〜という超低価格ながら、その音は1万円台のものと勝負できるクリアさを誇っている。
超シンプルなエレクトリックコケシみたいなモダンだかエロいんだかわからないルックスもインパクトがあり、多くのファンを近年獲得している。

次に来るのは茶楽音人(さらうんど)Donguriだ。
これもファイナル同様の超低価格路線でありながら、その音質は二重丸がつくレベルといわれている。
で、名前のとおりドングリを模したようなコロンとした可愛いルックスは女子受けが半端なく高く、童顔だけどスポーツは得意みたいな、モテる要素の塊のようなイヤホンである。

で、最後にくるのがおれの一推し「ZERO AUDIO」である。

正直、最初はブランド自体に全然ピンとこなかった。
90年代のスポーツメーカーみたいな、率直にいえばダサいロゴとネーミング(個人の感想ですよ)からして、おれの琴線を空振りしまくっていた。

finalやDonguriのような、「こうきたか!」みたいな斬新なデザインやコンセプトも感じず、まあなんかmizunoの筆箱を使ってる中学生が買いそうだなくらいにしか思っていなかった。
上記2シリーズはそれぞれ試聴したが、ZERO AUDIOに関しては一聴もしないまま失格の烙印を押していた。
愚かであった。

おれの認識が変わって言ったのは、やはり口コミを見たからである。

finalやDonguri同様の低価格帯で売り出しているZERO AUDIO カルボというイヤホンがある。

その口コミが日に日にその数を増やしているのを目にするにつけ、大衆心理に弱いおれはぐらりと傾き出した。
だって「10,000円のイヤホンに匹敵する」だの「もうワイヤレスには戻れない」だの絶賛の嵐なんだもの。

で、おれはある日ビックカメラに行った際に、聴いてみた。
「あーあー、まあ、たしかに良いけどね」
この煮え切らないのが初感だ。
たしかにクオリティは高い。
が、finalやDonguriですでに衝撃を受けていただけに、予想の範疇でもある音だ。

しかし、その流れで手にとったZIRCO DUOZA IIIを聴いたとき、おれの価値観は一気に破壊された。
「……いや、めちゃくちゃ良くないかこれ? ええ??」

 

ZERO AUDIOのイヤホン

これがZIRCO DUOZA IIIじゃい!!!


誰に対しての質問かわからないまま、おれはイヤホンの神様かなんかに「ええ?? これうそっすよね??」と問いかけた。
いやほんと、一瞬ZERO AUDIOでもなんでもない高級イヤホンを間違えて視聴したのかと思ったくらいだ。

ちなみにその頃おれがしていたイヤホンは、オーテクのそこそこ良い2万クラスのものであったが、ZIRCO DUOZA IIIを聴いたあと耳につけたら、まるで藻が耳に詰まったんかいくらいにボヤボヤして聴こえた。

これはオーテクが悪いわけでない。おれはこのランクのイヤホンは様々なメーカーの様々な商品を聴いているが、概ねこのレベルの聴こえ方である。

おれは狐につままれたような気分で、その12,000円のZIRCO DUOZA IIIを即購入して、家でじっくりと聴いてみた。

で、自信を確信に変えた。
やはりこれは凄まじすぎる。突然変異といってもいい。

シャキッいやジャキーンと響く中音域。
非常に繊細な音まで鳴らす高音域。
そしてそれらの犠牲となっていない迫力ある低音域。
モニターヘッドフォンと同レベルといっていい分離感、恐ろしいクリアさを持ちながら、聴きどころとなる迫力はしっかりガッツリと稼いでいる。

はっきり言って6万台をも超えている。
10万だ。盛らずに10万のクオリティだ。
これが10万の音だと言われても、「たしかに!」と納得してしまう音質の高さだ。


いやー、あの日の興奮が蘇って、熱量のままに一気に書いてしまったけど、このイヤホンは本当におすすめです。
いちど気に入ってしまうと、あのダサいロゴも、逆に質実剛健の証、野球におけるmizuno的に見えてくるから不思議です。

このイヤホンを体験したら、よっぽどこだわりがあり金に糸目をつけない猛者でない限り、イヤホン難民の彷徨はひとまずゴールを迎えられるかと思います。
私がそうだったので。

では良いヘッドホン生活を。
おやすみなさい〜。

外出できないからこそジーンズが楽しめるのはなんでだろう?

お題「#買って良かった2020

KUROのグラファイト

KUROの良さがわかるのは大人になってから

2020年のおれの買い物傾向

コロナ影響で外に向けられない金が家の中に向けられた。
それが2020年のおれのショッピング傾向だった。

例年にないくらい、よく買い物をした年だった。
そしてそれと比例して無駄な買い物、そう「買わなくても良かった2020」の年でもあった。

よくネガティブな情報のほうが人は口が軽くなるというが、今のおれも正にそうだ。
Amazon楽天、はたまたZOZOTOWNで買って、届いた直後に「いらねえぇぇ」と後悔したグッズのほうを語りたくてしょうがない。

ただ読まされるほうにしてみればたまったものじゃないだろう。
例えば、仕事終わりの金曜日の夜にハイテンションで買ったタンバリンが、月曜のブルーな気分のときに届いたときの話とかだ。
読まされるほうはたまったものじゃない。

今回が、年内最後のブログ更新になるかもなので、やはり最後は読者の方を向いて語りたい。
栄光の第1位はファッションの中でも特に大好きなジーンズ。
今年の相棒に選んだのは、その名も「KURO Graphite(グラファイト)」だ。


以前に書いたジーンズに記事が、すこぶるGoogle様の評価が高かったようで、検索エンジンからおれのブログに流れてくる読者の大半は、この記事から入ってくる。

つまり音楽ブログという箱の中にきた大半が、おれの音楽にはまったく興味がなく、色落ちしたデニムを愛でたいという連中なのだ。

まあ大歓迎だ。デニム好きに悪人はいない。

 

dada9.hatenablog.com

 


しかしながらおれときたら、ジーンズについてはこの一回書いたきりで他は一切触れることもなく、こんな曲を作っただあんな楽器を買っただ、あのドラマやマンガがやばいだなんだ、せっかく訪れたジーンズマニアをないがしろにする記事ばかり書いてきた。


なので今回は読者への恩返しでジーンズの話だ。

 

A.P.C信者のおれがデニム難民と化すまで

 
上記の記事で「A.P.C信者」としてアーペーセーのデニムの魅力について熱く語ったおれだが、現状どうかというとやや距離をおいている。

というのも、前回履いていたA.P.Cのプチスタンダードが、自分の理想の色落ちまできてしまい、これ以上履いたら逆にマイナスにいくという臨界点に達してしまったのだ。

必然的におれは新しいジーンズの購入を目論みだした。
また次も安心のアーペーセーで良いのだが、いかんせんすでに数本育てたことがあると目移りもしたくなる。

しかしながらアーペーセーのデニムの特徴たる「太すぎず、細すぎもせず、ちょうどいい」七五調で一句つくれてしまうくらいの完成されたシルエットを知ると、他のデニムで満足ができなくなる。

いつしかおれはネットをさまようデニム難民と化していた。


KUROの大定番・Graphiteの魅力とは?


そんな中であったのが、KURO Graphiteだ。
この日本発のジーンズブランドは、知る人ぞ知る高評価ブランドで、その絶妙すぎるシルエットはおれ同様にA.P.Cに凝り固まった頭の人間からも高い評価を得ている。

ちなみにブランド名の「KURO」はその名の通りブラックの意味で、何物にも染まらぬ信念を表している。
これはかの新撰組と同様のコンセプトで、どちらも黒を掲げているわりにイメージカラーが青というややこしさも共通点だ。

特にジャケットに似合うジーンズというデザインのコンセプトはA.P.Cに似たところがあり、おれは期待に胸を膨らましながらポチった。

結果、大正解だった 。
とにかくシルエットが美しい。
美しいといっても、フェミニン要素満載な美しさではなく、デニムの無骨さ・ストリート感を十分に体現した上で、野暮ったさだけマイナスしたような絶妙なバランス感覚だ。

 

KUROのデニムの説明

この独特のポケットがKUROのアイデンティティ

上の図の通り、歪にも見えるハンドステッチで縫い付けられたポケットの形状は、デニム好きが見たら「お、KUROやん。やるやんけ」と一目おかれること請け合いのアイデンティティだ。

正直最初ピンとこなかった、というか「このポケットが普通の形だったら最高なんだけどなあ」とマイナス要素だったのだが、なんだかんだ履いているうちに、むしろ好きになってしまう流れは、おれのいつもの恋愛と同じ道を通っている。


外出できない今だからこそデニムが楽しめる謎を解明した


で、おれはこの一年、充実したデニムライフを送ってきた。
こんなに毎日デニムを履くのは久々なのではないかというデニム野郎になっている。

そしておれは疑問に思った。
なぜこんなに履いているのかという点ではなく、なんでいつもはデニムを履かないんだろうと。私服OKの会社なのに…。

そして気づいた。
スマホだ。
家の中はスマホをポケットにいれて持ち歩く必要がないからだ。

おれは前々から思っていたが、近年の若者のデニム離れ、リラックスシルエットのパンツの流行は、確実に巨大化しスマホがもたらした変化である。

もうマジでジーンズはスマホが取り出しづらい。
前ポケットに入れたままうっかり座席に座ろうもんなら最悪だ。

体をぐねぐねさせながら、左隣のおじさんの舌打ちに耐え、右隣の女子大生の「きっもー」みたいなオーラに耐えながらスマホを取り出す10秒間は、若者をジーンズ離れさせるには十分すぎる悲劇だ。

KUROさん、次はスマホが取り出しやすく、美しいシルエットの新作デニムを出してください。
それではまた。

あ、いちおう新曲貼っておきます。色々とやらかした大失敗作だけど、出したからには売るしかないのです。

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ではおやすみなさい。


池袋ウエストゲートパークの作者は石田衣良でなくクドカンなり

今週のお題「もう一度見たいドラマ」

窪塚キング

ドラマ史上に残るカリスマ・窪塚キングを生み出したクドカンは偉大よ

OK、もう一度見たい名作ドラマね

今週のお題が「もう一度見たいドラマ」ということで、ドラマ評を書こうと思った。

と、よく読むと無駄な一行をいきなり書いてしまって、執筆のモチベーションが一気に下がる事態に陥っている。

そりゃそうだ。
今週のお題が「もう一度見たいドラマ」ということで、この前食べたラーメン二郎について書こうと思った。』とはならない。
おれが読者として一行目を読んだら、「こいつIQ低いな」と思いすぐページを閉じる。

と、ぐだぐだ言い訳しているのなら削除すればいいだろ。
とも思うが、削除をして一度まっさらにしてしまったら、そもそものブログを書く気が完全に失せる自信がある。

脱線終了。もう一度見たいドラマね

で、今週のテーマに戻すと「もう一度見たいドラマ」というのは、言葉通りに捉えると特にない。
「もう一度見たい」ということは、つまり現状ではすぐにそのお目当てのドラマが見られない状況であるということだ。
ありとあらゆる方法で情報収集が可能なこの時代で、そんな「再放送を待ってます」状態になることはまずない。

と、ぐだぐだ言ってるなら、もうこのテーマで書くなよと思う。
おれが読者として上の文を読んだら「なんか面倒だなこいつ」と思いすぐページを閉じる。


まだおれにはギリギリの客観性が残っているようだ。
書かれていないことの意味まで読み取る日本人特有の長所を活かして、「もう一度見たい(と言いたくなるくらい大好きな)ドラマ」として書いてみよう。


ドラマ史上に残る天才脚本家・クドカンこと宮藤官九郎

なんだかんだで、脚本家はクドカンこと宮藤官九郎の一択だ。
木更津キャッツアイタイガー&ドラゴンあまちゃんなど、ドラマ史上に残る傑作を生み出してきた怪物作家だ。

いわずもがな超売れっ子脚本家のイメージのついているクドカンだが、それでもまだ過小評価と感じるくらい、他の脚本家とは別次元にいる人だと思う。

クドカンが偉大な点はいくつもあって、いくつもありすぎるが故にまとまらないことにも気づいてしまったが、とにかく一言でいえば、
クドカンの前にクドカンなし。クドカンの後にクドカンなし」と言える圧倒的なオリジナリティだろう。

既存のテレビドラマに脈絡と受け継がれてきたセオリーからは、まず生まれない突然変異的なモンスターである。
なので、時代が経っても古びていくのはドラマ当時の背景ばかりで、魅力が衰えない。

なおかつ他のドラマで代替がきかないというか、クドカンのドラマにはまると、その欲を満たせるのがクドカンのドラマだけになってしまう、オンリーワンの存在というところも偉大だ。
その存在をグルメ界でいうなら、完全にラーメン二郎にあたるだろう。

まさかのラーメン二郎伏線回収だ。


天才は天才を知るのだ

おれの好きなクドカン絡みのエピソードで
三谷幸喜木更津キャッツアイを初めて見た際にあまりの敗北感で筆を折ろうと思った」というものがある。
これは「エリック・クラプトンがジミヘンの演奏を初めて聴いた際にあまりの敗北感でギターをやめようと思った」に並ぶ、天才が天才を知る系エピソードのツートップだ。


とにかくそれくらい、クドカンは規格外だったということだ。
特に三谷幸喜はコメディ的な要素を武器のひとつとしているだけに、クドカンの笑いの才能を敏感に察したのだろう。

笑いの要素についてはドラマ業界では軽んじられているところがあり、要素をまったく取り入れられないか、一部取り入れられたとしても時代の最先端の笑いのセンスとは大きく差のある、ベタなお約束コメディが定番だった。

そこに現代的なソリッドな笑いをぶちこむことに初めて成功したのがクドカンだ。
この一点だけでも、クドカンを称える理由になる。


最高傑作は間違いなく木更津キャッツアイなんだけど

恐ろしいことに今までのはすべて前置きで、ここからが今週のお題「もう一度見たいドラマ」の本編だ。

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プレゼントをくれるサンタさんは鏡に映る自分でした。

今週のお題「自分にご褒美」

 

サンタ女子

武士のクリスマスに女子は不要でござる


自分へのクリスマスプレゼントは年に一度の楽しみだ

去年の12月からあっという間に1年がたち、またしても12月がきた。

時間の経つスピードがえぐいくらいに早い。
正直、体感的には去年のクリスマスなんて、2〜3ヶ月前のことじゃないかと思えるくらいの、いかれた "あっという間感" だ。

ここ3〜4年くらいの無限ループ感が凄まじい。
これはつまり、自らの状況が何も変わっていないからに違いない。

精神的な成長も肉体的な成長もとっくに止まり、我が子の入学式などのライフイベントもなかったし、というか結婚してないからそもそも子供がいないしと、変化がないゆえの無限ループ感だ。

それはいいとして、今週のお題の「自分にご褒美」の時期としてもっともふさわしいのが、やはり12月、もっといえばクリスマスなのは間違いない。

とはいえおれはクリスマス以外にも、自分へご褒美をよくあげている

このブログを2〜3回のぞいたことがある人ならお気づきだと思うが、おれは自分にすこぶる甘い。

おれはよく、会社の後輩女子から「優しいですね」と言われることが多いのだが、それはおれの性根が優しいわけではない。
ただただ、性根がぬるくて甘いだけなのだ。

甘さと優しさは全然ちがう。それをきみには気づいてほしい。
そしてもっと言えば、それはきみへの甘さでなく、おれ自身への甘いリターンを期待してのものだ。

要するに「きみへの対応を甘くするから、おれへの対応も甘くしてね」というものだ。
そういう男なんだ、ぼかぁ。

ちなみに「優しいですね」と言ってくるはおおむね後輩女子で、後輩男子からは「あの人ぜんぜん絡む気ないっすね」と思われているだろう。
これはただただ、下心がもたらす差分だ。


で、おれはその自分への甘さゆえに、割と頻繁にご褒美を自らへあげている。
ただそのご褒美にもランクづけがある。

案件の大きさによって、「松竹梅」の3段階に分かれているのだ。
そしてクリスマスは、年に一度の松が発動するタイミングだ。

マッチポンプ☆サンタというニューノーマルなイベント

毎年クリスマスになると、おれは自分へプレゼントを送る、優しいサンタクロースとなる。
自分で選んだプレゼントを、自分の金で買い、自分に送り、自分で喜ぶ。
サンタクロースのマッチポンプ状態だ 。

おれはこの行為を「マッチポンプ☆サンタ」と名付けている。
☆がついているのは、おれのはしゃいでいる心境を如実に表している。

ちなみにせっかくなので、竹と梅も説明しておこう。

梅は比較的に小さなご褒美で、わりと多用される。
仕事がひと段落したときに買うコーラ、仕事がひと段落したときに吸うアイコス、ちゃんと出勤したことへのご褒美ランチ、ちゃんと定時まで出勤し続けたことへのご褒美アルコールなどだ。
大体デイリーで10回以上はあるご褒美イベントだ。

竹はもう少々期間を置いて大体3ヶ月に1回程度だ。
梅と比べて動く額もあがる。
衝動買いをするかしないかについて、脳内財務大臣が会議を開く規模の案件である。

今おれの視界に入ってる物でいえば、マーシャルアンプを模したBluetoothスピーカー、KORGシンセサイザー「volcaシリーズ各種」、増税直前に買ったギター「ジャガー 」などが竹にあたる。

また本来、松の名目であるはずのMacBookも、今年は衝動を抑えられず竹の名目のもと購入した。

これは今年の脳内財務大臣最大の判断ミスだった。
一ヶ月前に新たにでた現行MacBookの飛躍した性能の話を聞くたびに、その購入タイミングに悔いが残るばかりだ。

で、今年のクリスマスは何をおれに送ろうか

上記の通り、ちょっと前にMacBookという買い物をしただけに、今年は何を買おうか迷うところだ。

ただ、これは贅沢な悩みだが、iPadiPhone、新しいジーンズ、新しいコートなど、そこそこ欲しい物はあるのだが、なんとしても超絶に欲しいという物がないのだ。

強いて言えば、現行のMacBookなのだが、それを買ってしまうと、なにかに負けた気がするので、手をだすわけにはいかない。

まあでも、何買おうかなって迷いながらamazonをさまよっている時間が、実はいちばん楽しい時間なのかもしれない。

では良いクリスマスを。
ぼくはamazonという深い密林へ迷い込んできます。

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