この丸メガネはミュージシャンなの?

音楽ブログを早々に諦め、ゆるめのサブカルブログへ男は舵をきった

1週間あればNIRVANAもGreenDayも弾けるようになるらしい

パワーコードという反則技

とりあえずおれはエレキギターを手に入れた。
家に帰って取り出してみる。

fender特有のキャンディーアップルレッドの上品なテカリ具合が実に美しい。

さて。

おれはとりあえずボディを拭いてみた

さらに美しさが増した。

さて。

おれはギターをケースにしまった

ギター買ったはいいが、何から手をつけたらいいかわからん!

おれはとりあえず一緒にギターを買いに行った友人ギタリストの死怒靡瀉酢シド・ビシャス)に電話をかけた。
「いったいおれは何をすればいいんだ!」
「ググれよ」
「ググりようもないくらい何をしていいかわからない」
「とりあえずパワーコード覚えろふぁっきんビギナー」
パワーコード??」
「そう、基本にして最強の、エレキならではの反則技だ」
「力強く弾くってことか。パワフルに」
「ちがう」
「…………」
「おれんち来い」


30分後、おれは原チャをシドのマンションの前に停めた。
シドはぼんぼんで親がマンションを与えてくれてそこでのうのうとギターを弾いて生きているロックのかけらもないカス野郎だ。

以前に「富裕層の豚野郎があ!!!」と憎悪むきだしでおれが言ったら、
「富裕層に生まれたことはアートの観点からは非常に不幸だ」と幸福そうな顔で返ってきた。

まあそれはどうでもいい。


広いリビングでおれとシドは向かい合ってギターを構えた。
「そういやシドのギターはなにそれ」
GRETSCH
「なるほど」
「知らないだろ」
「知らない」
「聞いたことないか? ホワイトファルコン。これは59年製のホワイト・ファルコンを忠実に再現している」
「ホワイトファルコン、BECKで出てきてた」
「世界一美しいギターと言われている」
「いくら?」
「そんなでもない」
「いくら?」
「たしか40弱くらいかな」
「いつの間にそんな金貯めてたんだ」
「いや親が」
「ネックへし折るぞこの野郎」


富裕層の豚とこれ以上話してもムカつくだけなので、さっそくパワーコードとやらを豚野郎に教えてもらうことになった。

パワーコードっていうのは、要するに和音の一番大事なとこだけを抑えればOKという超絶シンプルで簡単な技だ」
「はあ」
「例えばコードっていうと、こう4本の指をフルに使って弾くものだろ? 6本の弦を一緒に弾いて音を出す」
「うん」
「だがパワーコードはこの弦のうち3本、いや最悪2本を押さえればいいですよというものだ」
「マジか」
「さらに驚くべきことに、普通のコードのようにアクロバティックに指を組み替える必要がない。ずーっと同じ形でずらしていけばそれでOKだ」
そういうとシドはチャカチャカとフレットの上を同じ形ですべらせていった。
「マジか……。で、それでどの曲が弾けるようになるの?」
「理論上は…」
「理論上は」
「お前の知っているすべての曲がこれで弾ける」
「…………!!!!」


これは衝撃だった。
にわかに信じがたい話だ。

実をいうとさっきまで、ギターを続けるかどうかで迷っていたのだ。
正直、おれはこれから始まるギターの長い旅路に出発前からうんざりしていた。
実際にコードを鳴らしたことはないが、あの指を複雑にぐねぐねと組み替えることが1日や2日でできるはずがないのは明白だった。

おれは別にエレキギター自体に強い興味があって買ったわけではない。
どちらかというと作曲、トッラクイカーに興味があって、その音楽道のとっかかりとしてギターをふと選んだにすぎない。
理由もDAW系ソフトやシンセを使う友達が軒並み偏差値高めの顔ぶれで、対してギターをやってる連中はシドのようなポンコツ顔ばかりだったので、こいつらにできるならおれにもという甘い読みからだった。

だがやはりその甘い読みは正解だったのだ。
エレキギターにはポンコツに夢を見させるパワーコードという魔法があったのだ。


「だが実際の話」とホワイト・ファルコンをアンプに繋ぎながらシドが言った。「すべての曲は弾けるが、すべての曲で使えるわけではない」
「???」
「たとえばポップスなんて基本はクリーントーンで演奏されるわけだ。こんくらいの澄んだ音色だ」
シドはおもむろに先ほどのパワーコードをチャカチャーンと鳴らした。
「な、物足りないだろ?」
「うん、タニタ食堂のメニューばりに」
「そう、これくらいきれいでクリーンなトーンでパワーコードを鳴らしてもスッカスカになって聴けたもんじゃない。しっかりとコードを鳴らさないといけない」
タニタ食堂のくだりをきれいに流しながら、シドはジャカジャーンと通常のコードを鳴らした。
「それにパワーコードはコードの最低限の構成音だけを鳴らすから、メジャーやマイナーの概念もなくニュアンスが表現しづらい、要するにポップスにはまったく向かない」
「え、じゃあ結局パワーコードは使えないってこと?」
「いや、それは違う。そもそもパワーコードは別にコードを押さえるのをイージーにするために出てきた技術ではない」
「ほうほう」
エレキギターと切っても切れないアンプ、そしてエフェクターにより、ギターはオーバードライブ、ディストーションなど強烈な歪みという音を手に入れた」
「ほうほうほう」
「このぶっとく歪んだ音で6弦をならすと音がダマになってごちゃごちゃもっさり汚い塊になってしまう」
「ほうほうほう」
「よく聴けフクロウ。つまり塊にならない為に音をあえて減らしたのがパワーコード
「うほうほうほ」
「よく聴けよゴリラ。これがパワーコードで鳴らすディストーションサウンドだ」
そういうとシドは立ち上がり、足元のエフェクターのペダルをカチッと踏んだ。
ブォーンと迫力あるフィードバック音。
「スメゥスライクティーンスピリッ」シドが呟いた次の瞬間、

ギャーギャギャッ・ギャギャッ・ギャーギャギャ・ギャギャッ!!!!

世界一クールとも言われるNIRVANASmells like teen spiritのあのリフが響き渡った。
鳥肌がざわわっと立った。


おもむろにギターをスタンドに置くと、シドはまたソファーに腰をおろした。
ディストーションをかけることで、パワーコードは強烈な武器になる。要するにあの音、オルタナとかパンクの楽曲はパワーコードありきといっていい」
「じゃあ、あのギャーギャギャもただ3本の弦を押さえてずらしてるだけ?」
「ああ、ずらしてるだけだ」
「てことは簡単?」
「ふぁっきんイージーだ」
「マジか」
「お前がその気になれば−−」
「その気になれば」
一週間後にあの音はお前のものだ
マジか……!!!!!!

一週間後にはレジェンドの音が鳴らせる夢のような話

おれは興奮していた。
やはりエレキギターを選んで正解だった。
パワーコードをマスターすると弾けるようになるアーティスト。
NIRVANAGREENDAYピストルズアークティック・モンキーズウィーザー……
シドの口から出てくるそのビッグネームたちの耳に心地良いこと。
これがみんな指をずらすだけで弾けるようになるのだ。
一週間後にはAmerican Idiotをドヤ顔で弾けているのだ。

もっと早くギター買っておけば良かった…。
おれはうっとりとした目で、ギターに怯えてた自分を思い返していた。
「じゃあちょっとNIRVANA弾いてみるか」
シドがおれを夢想の世界から連れ戻した。
「OKOK。しっかりコーチ してくれmeに ギターのABC 教えろmeに ギヴミー やる気ー元気ー井脇ー あーい」
「早くギター出せよカス」
「あーい」

パワーコードのコツは気合い

そして夜中に特訓が始まった。
スメルズ〜のリフはFのパワーコードから始まる。
まずはシド。
ジャージャジャッ。

そしておれ。
ん?
そしておれ。
あれ?

「シドさん、指が届かないっす」
「最初はな」
「いや、これ一生無理な距離感でしょ」

そう、シドが軽々と開いているその指と同じポージングが、おれにはどうしてもできない。
6弦に人差し指。
ででで、そして薬指を5弦に……。
いやムリ。これ絶対ムリ。

生まれたての仔馬のようにぷるぷるするおれの薬指は、他人のもののように言うことを聞いてくれない。

「これやり方のコツないの、コツ。」
「ない。コツの介入場所がないくらいシンプルだからな。強いて言えば気合いだ」
「おれ本体は気合いにあふれてるけど、薬指さんがブルってるんすよ」
「乗り切れ乗り切れ、そこを乗り切ればもう勝ちだ。覚える形、それだけなんだから。はい、やる気・元気・井脇ー」
「あーい」

ポンコツでも慣れればパワーコードは弾けるようになる。ソースはおれ。

こっからが大事なポイントだ。

まず指の開きだが、これは慣れればできる。
上記の通り、おれは初回で挫折しかけたが(シドいわく今まで見たことないレベルでセンスゼロ)、その日は諦めて帰って寝て起きて、ちょっといじってみて、それを次の日とその次の日くらいやってたら、自然とふつうに不思議なくらい開くようになっていた。

人間のオート記憶機能、要するに体が覚えるってやつは、なかなか優秀なのだ。
この機能がだいぶポンコツなおれさえできたから、とりあえず騙されたと思って、3日は続けてみるといい。

で、もう1つ。
パワーコードは基本的に1度と5度の組み合わせだ。
もしCのコードを弾く場合は、CとGになる。
ん、なんで3つの弦を使うのに、音は2種類なんだ? と思ったきみは天才だ。

そう、パワーコードで押さえる3つの弦のうち、1つはただ厚みを出すためのものなのだ。
それはどれかというと、人差し指と小指はオクターブ違うだけで、同じ音(Cコードの場合はC)を押さえている。
逆に言えば、小指のとこは押さえなくともコードは成り立つのだ。

この法則に気づいた瞬間、おれは小指を使うのを潔く放棄した。
人差し指と薬指のみの2音パワーコードだ。

これにより、劇的までとは言わないまでも、成長がスピードアップしたことは間違いない。
あとはずらすだけだ。
これもほとんど慣れでなんとかなる。
もちろんコードをしっかり押さえれても、他にピッキングのリズムやらなんやらと、色々センスを問われる部分はあるが、そんな細かいことはロックの前では野暮ってもんだ。

とりあえず音として、なんとなく形になったら楽しい。
『あれ、それニルバーナ、だよね???』って人に疑問形ながらも気づかれるくらいの完成度で充分だ。
充分楽しい。
楽しいと次の日もギターを触る。

すると慣れる。
慣れると運指がスムーズになっていく。
運指がスムーズになると、ピッキングに意識が向けられるようになる。
で、ピッキングもうまくなる。

ピッキングに関しては、やれホウキで掃くようにとか動かすのは手首だけで他は固定とか、色々なコツがあるが一番のコツは慣れだ。

ピート・ハウンゼントの風車弾きからスタートしても構わない。
ぐるんぐるん回してジャンプしろ!