今年のゴールデンウィークのこの無性に寂しい感情をどう説明したらよいのだろう?
いやあ、静かだ。
こんな静かなゴールデンウィークのスタートなんて、生まれてこの方はじめてかもしれない。
なんだか寂しい。
そういえば今年は「ゴールデンウィークはなにすんの?」とかそういう話題さえほとんど出ていなかった気がする。
人々は浮かれることなく外へ出ることなく、各々のHOMEで静かに時を過ごしている。
特段、おれの今年の過ごし方が例年と変わったわけではない。
"STAY HOME"
と、あえて己に誓わなくても、新型コロナに関係なくGW中のおれはいつでも家の中だ。
去年しかり、一昨年しかり。
もっといえば、GWだろうがそうじゃなかろうが、かたくなにSTAY HOMEだ。
つまりおれ自身の過ごし方には何の変化もないのだが、なんだろうな、この寂しさは。
この感覚をうまく伝えられる自信がないが、例えばクリスマスとかもおれにはあんまり縁のないイベントだけど、それでも世の中からクリスマスがなくなったら、やっぱり寂しいと言うと思う。
正月だってきっとそうだ。
初詣に行くのさえ面倒くさがる性格だし、コタツも出すのが面倒臭い、どころじゃなくニトリで買うのさえ面倒くさいから、おれの正月は正月の体をなしていない有様なんだけど、それでも正月が世界からなくなったら寂しい。
ハロウィンもそうだ。
コスプレをして繁華街に乗りこむ気合は全然持ち合わせていないが、職場が六本木に近いので、あの騒ぎには否が応でも巻き込まれる。
最初見たときは驚いた。
エレベーターでおれの前に並んでいる人たちが、よく見たらサザエさんファミリーの扮装をしていたからだ。
波平を先頭に、おフネさん、サザエさん、、、タラちゃん、そしておれ。
あのときの混乱は強烈だった。
知らないうちに自分は、危険ドラッグをキメてしまったのかとさえ思った。
今やもう慣れたもので、駅構内に血だらけのナースがいたり、バットマンとジョーカーが仲良く歩いていたりしても「ああ、もう10月も終わりですか」みたいな、なんていうか「サンマの美味しい季節の到来ですな」って感じの風流ささえ感じるようになった。
ダメだ。
おれの感じている寂しさが全然説明できている気がしない。
サンマの美味しい季節の話がしたかったんじゃない。
えーと、なんだろう。話を戻そう。
祭りに行くのはそんな好きじゃないけど、村の長老から
「300年ものあいだ続いてきた伝統的な行事じゃが、今年は中止じゃ」
っていきなり言われたら、「ああ寂しいな」ってなるじゃないですか。
そんな感じですかね。
いや違う。全然そんな感じじゃない。
自分でも違和感がすごい。
てか村ってなんだ。長老って誰だよ。
あとこれ前々から思っていたけど、言葉の終わりに「じゃ」ってつける爺さんって、おれはリアルの世界で会ったことないんだけど、本当に存在するのだろうか……。
もうゴールデンウィークへの帰り道を忘れたので、お爺さんとお散歩に行ってきます。
じゃ。