この丸メガネはミュージシャンなの?

音楽ブログを早々に諦め、ゆるめのサブカルブログへ男は舵をきった

タイで爆笑をとるたった一つの方法

今週のお題「感謝したいこと」

タイ人の女性

微笑みの国を爆笑の国へ


タイ人マダムが集う謎の工場

ずいぶん前になるが、派遣アルバイトとして働いていた時期があった。
で、今回の話は、その頃に一ヶ月ほど勤務することになった派遣先での思い出だ。

たしか何かの工場かなんかで、理科室みたいなスチール製の机を10人ほどで囲み、何か細かいものを手元でこちょこちょ組み立てる、内職的な仕事かなんかだった覚えがある。

"なんか" がやけに多くて申し訳ない。
工場を出たときに記憶を削除されたのではと思うほど、工場の場所も作業していた内容もはっきりと思い出せないのだ。

ただひとつ鮮明に覚えていることは、おれの作業机のメンバーが、全員タイ人のマダムだったということだ。


さすがは微笑みの国・タイのマダムの温かさ

そのマダムたちは、おれが派遣されてくる時より、ずっと前からその工場で働いているようで、駄弁りながらも職人的手つきで一連の作業をスピーディーにこなすエリートチームだった。

おれは彼女たちに仕事を教わることになり、そこでおれはタイ国民の根源的な優しさを実感した。

不器用なおれが作業をしくじる度に、「ダメダヨー」とクスクス笑いながら肩を叩かれ、そのクスクスは周囲のマダムにも伝染して、南国のようななんとも心地よい空間が形成されていく。
こんなに温かい「ダメダヨー」ならアラームにしてもいいくらいだ。

もしこれが逆に10人の日本人の中に、日本語の喋れない異国のぶきっちょなメガネ野郎が1人混ざったら、絶対にこんな空気にはならないだろう。
クスクスどころか、つめたい舌打ちがきてもおかしくない。

「さすがは微笑みの国だな」
おれはその国民性に感嘆しつつ、次第にタイへの移住を夢想しつつ、マダムたちとの親睦を深めていった。


「コップンカー(意味:ありがとう)」の破壊力

そんなある日、事件は起きた。

休憩時間になると、マダムたちは休憩所で円を描いて座り、日本では見たことのない甘そうなお菓子を机に並べて談笑を始める。

この工場では作業のチーム編成がそのまま日常のコミュニティ化するらしく、必然的におれも、"喋れないけど笑顔でそばにいる"という、日本伝統のお地蔵さんモードとなり、休憩の場を共にした。

どこの国でも地蔵はお供物をもらえる存在のようだ。
マダムたちもその甘そうなお菓子を「タベナヨーウマイヨー」と、おれの目前にぽいぽい詰んでくれた。

で、おれは感謝の気持ちを伝えねばと、唯一知っているタイ語である「コップンカー(ありがとう)」を、キリッとしたSAMURAIの顔で合掌と共に返した。

その瞬間、起きたのだ。

大爆笑が。

コップンカー芸人の誕生

おれはものは試しで、もう一回「コップンカー」と言ってみた。

またしても大爆笑。
なんと笑いすぎて涙を流す者や、机をバンバン叩きだす者まで現れた。
チャップリン映画を初めて観た戦後の日本人のような、嘘みたいにバカウケのリアクションだ。

これは海を渡ればコップンカー芸人として金になるんじゃないか。
タイのM-1グランプリいけるんじゃないか。

瞬時にそんなことを夢想した。
微笑みの国を、コップンカー1ネタで、爆笑の国へと変えてやるのだ。

ただウケてる理由が全然わからなかったので聞いてみると、「アナタソレタイノオンナノコトバー!」だそうである。

どうやらタイ語は語尾を短く切ってアクセントを上げると男、語尾を伸ばしつつ下げてくと女言葉となるらしい。

要するに「コップンカッ!」と言っていれば、これは男言葉として正解だったとか。

コップンカー芸人の衰退

味をしめたおれは、それから何度か意図的に「コップンカー」をやったが、日を追うごとにマダム達の笑いは少なくなり、最後はおれを見る眼が「ソレモウアキター」と言っていた。

なるほど、これが一発屋を見る眼か。

「でもそんなの関係ねえ! でもそんなの関係ねえ! はい、コップンカー!」

 

小島よしおロゴ

コップンカー!