この丸メガネはミュージシャンなの?

音楽ブログを早々に諦め、ゆるめのサブカルブログへ男は舵をきった

読むと仕事を辞めたくなる禁断のおすすめ小説6選

今週のお題「読書の秋」

 

ショーシャンクの空に

退職した日って毎度こうなりますね

金曜の夜とショーシャンクの空のためにおれは働いているんだ

このブログを何回か見てる方はご存知かもだが、普段のおれはごく普通の会社員である。
休日になるとロッカーとヒッピーとジャンキーを足して割った感じで奈落に落ちていくが、平日はもうびっくりするくらいまともに働いている。

今の会社はかれこれ6〜7年くらい勤めているだろうか。
これは彷徨えるメガネのおれにとっては最長の記録で、個人的に偉大な記録である。
逆に言えば、おれは今の会社にくるまで数多くの職場を転々としてきている。


で、様々な場所で様々な仕事をしてきて悟ったことがいくつかある。
ひとつは「なんの仕事をしようが、おれは労働が好きじゃないんだな」ということ。
ただしその分、金曜の夜のテンションはひとしおだ。たぶん一般的な社会人の5倍は快感が走っている。
なんの為に働いているかと聞かれたら「金曜の夜のため」と即答できるほどに、週1でやってくる天然シャブ的な快感だ。
働かずして心優しき人に食べさせてもらっていた時代もあるが、それはそれで楽な代わりに張りも快感もへったくれもない日々だった。
やはり汗水たらして働かないと金曜の夜のエクスタシーは味わえないのだ。
悩ましいとこだ。

もうひとつは「なんの仕事をしようが、与えられた仕事は真面目にこなすんだな」ということ。これはまあ性格だ。

最後のひとつは「なんの仕事をしようが、辞めた日の爽快感は最高なんだな」ということである。

 

あの爽快感、自由を叫びたくなる気持ちはなんなんだろう。
脳内風景は完全に「ショーシャンクの空に」状態になる。
この快感のために働いてきた甲斐があるなと思えるくらいだ。
むしろおれは、このショーシャンク状態を何度も味わいたくて、職を変えてるのではと思うくらいだ。

ショーシャンクの空に

これね

で今回のはてなブログのテーマが「読書」とのことで、読書大好きKindlerの私が「読むと仕事を辞めたくなる」そんな魅惑のオススメ文学をピックアップしました。

社会的にはダメ人間のレッテルを押されながらも、美学と矜恃を持って堕ちていく姿は妙に格好良く魅力的で、うかつに読むとひきずられていきます。

もちろん私は実証済みです。
気をつけてください。

1冊目「勝手に生きろ!」チャールズ・ブコウスキー

ブコウスキーの本

原題「FACTOTUM」

【あらすじ】
1940年代アメリカ。
チナスキーは様々な職を転転としながら全米を放浪する。
いつも初めはまじめに働こうとするが、過酷な労働と嘘で塗り固められた社会に嫌気がさし、クビになったり自ら辞めたりの繰り返し。
そんなつらい日常の中で唯一の救いは「書くこと」だった。投稿しては送り返される原稿を彼は毎日毎日書きつづける。
嘘と戦うための二つの武器、ユーモアと酒で日々を乗り切りながら--。

 

もうね、この本だけで一晩中語り明かせるほどフェイバリットな作品です。

ブコウスキーの長編は私小説(自伝的小説)がメインで、これが全部はずれがなさすぎてどれもこれもオススメしたいのだけど、一番有名であろう作品ということで勝手に生きろをピックアップ。
ちなみに短編はめちゃくちゃレベルに個体差があります。
あと短編の訳者はイケてない、というかブコウスキーをわかってないことが多いから殴りたくなります。

「勝手に生きろ!」はスジらしいスジもなく、主人公のチナスキー(長編でおなじみのブコウスキーを模したキャラ)がぶらぶらとアメリカを横断しながら職を転々としていき、そこで出会った人間たち、職場の光景が淡々と描写されていく。

で、映画だと本当に上記みたいな感じが延々と続いて、雰囲気はあるけど刺激のないロードムービーと化しているけど、小説は全然ちがう。もう全然ちがう。
あの映画見てブコウスキーわかった気になるなって、キーってヒステリックになってしまうくらい違う。

この作品で大事なのは目に映る現実の光景でなく、ブコウスキーというフィルターを通して彼の一人称言葉で描かれる光景なのだから、第三者の視点で映像化するとストーリーの平坦さが際立ってしまい超絶つまらなくなってしまうのだ。
これはブコウスキーに限らず、純文学系の作品を映画化したもの全般によく起こる現象だ。
(ちなみに映画の邦題である「酔いどれ詩人になるまえに」に関しては、小説の邦題「勝手に生きろ!」よりずっと好き)

ブコウスキーのここに惚れたのさ

ブコウスキーの小説すべてにおける最大の魅力は、飾りっ気のないドライな文体で吐き出される、人生に対する悟りと愚痴の炸裂である。
暗い厭世感満載なのにユーモアと過激さにあふれており、そのパンクな思考が悲惨な状況すべてをコメディー化していく様は圧巻である。
どんなにどん底であろうが、その状況を笑うことができれば、惨めにも不幸にもならないということブコウスキーの本には書かれている。

ブコウスキーアメリカ文学史で名高き「ビート・ジェネレーション」の作家とほぼ同年代である。(めんどいのでビート文学は深掘りしない)
「路上」を書いたジャック・ケルアック、「吠える」のアレン・ギンズバーグ、「裸のランチ」のウィリアム・バロウズ--。
カリスマ的なアウトロー作家の黄金時代だ。
その上質なアウトロー小説は、文学的価値と名声を世界的に獲得しつつも、今回の「仕事を辞めたくなる小説」というテーマで見ても超有力候補が集う、まさに精神的自由さが一番高いレベルで競われた時代である。

ただ知性と行動力あふれるビート文学の作家と比べて、おれはブコウスキー"持たざる側の人間感"に強く惹かれたのだ。
ビート作家連中がなんらかのポリシーや意思に従って放浪するのと違って、ブコウスキーは行くとこがないから放浪してる、食う物がないからとりあえず働くといった投げやりで楽観的な彷徨い方をみせる。

その虚無的で行き当りばったりな姿に、なんとも言えないシンパシーを覚えるのだ。
これはおれだけでなく世界中の持たざる者にとっても同様みたいで、とある作品の訳者後書きに「この本にはおれのことが書いてある。ブコウスキーはおれの分身のようだ」と興奮した読者のエピソードが載っていた。

--めっちゃわかると思った。
おれも初めてブコウスキーを読んだときに、同じように興奮した。
これだけ時代も国も違う作家に、こんなシンパシーを抱くとは思いもしなかった。
おれがぼんやりと「こんな感じに人生を歩んでしまう人間だろう」と思っていた道の先に、こんなかっこいい先人が立っているのは救いであった。

とにかく特定の属性の人間に強烈なシンパシーとカリスマ性を感じさせる作家であることには間違いなく、生前は自宅を訪れるファンに人嫌いのブコウスキーはだいぶイライラさせられたようだ。

ブコウスキーの墓石には訪れた人間や憧れた人間、彼と同じ作家を志した人間を拒絶するように『Don't Try(やめとけよ)』と書かれている。
ファッキンしびれるぜ。

ブコウスキー作品・おれのベスト3

で、しびれたとこでもうブコウスキーは締めにして次の本にいこうと思ってたのに、好きすぎてまだ話したいのでもうちょい続けよう。
もう他の本を紹介する気はほとんど失せつつある

とりあえず、個人的ベスト3を残しておこう。
正直、上位3冊は僅差すぎて時期によっても変動するのでなんともだが、それでもこのランク付け作業が楽しすぎるので続けよう。

1位「パルプ」

長らく廃刊だったものが2016年復刊。

遺作であり人生の最後に色々と暴れてみせた大傑作。彼の長編の中では珍しくストーリーは完全にフィクションである。
パルプ(三文小説)のタイトルの通り、ハードボイルド探偵ものでSF要素もありというドタバタしたゴッタ煮の作品である。
こういったデタラメなあらすじは敬遠してしまうのだが、読んでみるともう完全にいつものブコウスキーワールド全開だった。

探偵は推理しないで、酒飲んで人生への愚痴と悟りをつぶやくだけで、事件は勝手に起きそして勝手に解決していっていくような有様だ。
このストーリーでおもしろいのが逆にすごい。

ぶっ飛んだ設定とストーリー展開なのだが、いたるところで悪態をつくブコウスキーの現実的な毒が冴え渡りまくっている。
ちなみにこれと「勝手に生きろ!」はダントツで訳が良いと思う。柴田元幸のパルプの訳はめちゃくちゃすごいと高橋源一郎も言っていた。

2位「勝手に生きろ!」

今回上でとりあげたロードムービー私小説
一番最初にこれを読んで、まったくピンとこなかったら他の作品に触れなくてもいいんじゃないかと思う。
間違いなく合う合わないがある上に、合わなかった人間には何も残さない、0か100かの酔いどれ詩人だ。
ちなみにこの小説を初読したとき、ラスト一文の終わり方の格好よさに驚いたのを覚えている。ブコウスキーの小説はいつも終わり方が最高だ。

3位「くそったれ!少年時代」

ブコウスキーの本

中川五郎め……

「くそったれ!少年時代(原題「ハム オン ライ」)」は、ブコウスキーの幼少期から20代前半までのコンプレックスうずまく苦々しい青春もので、とにかく濃密ですごくいい。
高校の卒業パーティーの輪の中に入らず、ダンス会場を外から覗くところは今まで見た小説の中でも最高に悲しく美しいシーンのひとつだ。
文学的には一番評価を受けそうな作品である。

ただねもうほんと、この本の訳をしてる中川五郎って人がおれは苦手なんで、訳者のマイナス点がついての4位である。
これパルプの柴田氏の訳や勝手に〜の都甲氏訳だったら1位なんじゃなかろうか。
なんていうか中川氏のブコウスキーに対する思い入れが強すぎて、中川的ブコウスキー像を反映させすぎてて、それが大事なグルーヴ感を失わせている気がしてならないのだ。
一人称もブコウスキーに使ってほしくない「私」でくるし。
ブコウスキーの一人称を「私」にするのはマジでやめてくれと思う。
「おれ」か「俺」だよ。マストだよ。

で、一番許せないのは原題の「ハム オン ライ(ライ麦パンの上のハム)」の題名の意味がわからないとか後書きで吐かしていることだ。
で、おまけに意味がわからなかったから「くそったれ!少年時代」とかいうひどい邦題までつけてしまって……。

いや、アメリカ文学にほとんど詳しくないおれでも由来わかるよ。
アメリカというか世界的に一番有名な青春小説「キャッチャー イン ザ ライ(ライ麦畑でつかまえて)」を踏襲してつけたタイトルじゃないか。
自身のくすぶった間抜けな青春を皮肉ってパロディったタイトルじゃないですか。
ライ麦=青春、その上にのった死肉(ハム)的な感じがすごいブコウスキーっぽいじゃないですか。
おれはこの後書きを読んで「名作を台無しにしやがって、この野郎」って中川アレルギーが起きるようになってしまった。

4位「死をポケットに入れて」

や、4位は書く予定なかったのに、作品があまりに素晴らしいため載せてしまった。
ただ、この作品も残念なことに中川訳である。
でも他の中川訳の作品よりましな気がする。中川アレルギーを持つ前だったら普通に楽しめたと思う。
この作品は小説ではなく力の抜けた日記である。
死を間近に迎えた老人ブコウスキーが、死の恐怖を弄びながら日々を送る様子が記録されている。
ブコウスキー自身、晩年の筆が冴え渡っていることを言及しているが、本当にきれっきれの文章だ。もともと未発表予定だったというのが信じられないくらい、ただの日記ではない人生の真理が書かれている。
とにかく「死vsブコウスキー」という、ヘビー級のタイトルマッチがこの作品の根底にはあって、それがただの日記を文学作品にまで高めている。

他おすすめ小説5選

恥ずかしながらブコウスキーで体力を使い果たしたので、他は今度機会があったら語ります。
タイトル詐欺状態ですが、とりあえずこんな小説を挙げようとしてました。
迷走王ボーダーはマンガでした。またしてもやらかしました。
でも一冊一冊が人生を変えるくらいの衝撃と中毒性を持っているので、ぜひお時間がある際に。

「バンド・オブ・ザ・ナイト」中島らも
やまいだれの歌」西村賢太
「くっすん大黒」町田康
「絶望の書・ですペら」辻潤
「迷走王ボーダー」狩撫麻礼


ではでは、今日はおやすみなさい。