今週のお題「秋の歌」
またしても柄でないセンチメンタルな曲ができてしまい、またしても詩歩嬢を召喚した。
基本的にガチャガチャうるさくて妙に攻めた曲ばかり作るおれだが、たまにはセンチメンタルな気分に浸る夜もある。秋っていうのはそういう季節だ。
遊びでも酒でもFANZAでも満たされない夜というのはあるのだ。
そしてそういう無性に切ない夜には、いつもと違う雰囲気の曲が生まれるものである。
で、今年もそんなセンチな気分の夜があり、その結果メガネ野郎が作ったとは思えないセンチで素敵な曲ができてしまった。
ただ悲しいのは、曲ができてもそれを自分で歌いこなせないということだ。
おれの歌唱スキルは「ちょっぴり卑猥なラップをわめく」の一点特化型であり、"切なさ"の領域に立ち入り厳禁なのは重々承知している。
で、パソコン内で曲が形になるにしたがい、こりゃだめだ私の歌声では手に負えないと判断したおれは、またしても詩歩嬢にヘルプを求めた。
詩歩嬢はおれが知る中で最高に魅力的な、天性の歌声を持つボーカリストである。
最強の助っ人
彼女は数々の有名曲やCMのボーカルを請け負っており、本来おれみたいな外道メガネが触れていい存在ではないのだが、なぜか気さくに依頼に応えてくれる心優しき女神様だ。
数ヶ月前、今回同様に自分の手に負えないエモい曲ができたときに偶然彼女の歌声を知り、ボーカルをとってもらった。そのときのあれやこれやはここに書いた通りである。
まあとにかく詩歩嬢の甘く柔らかくも切ない声で歌われると、おれの曲でさえ強力なマジックが発動する。曲のレベルが一気に爆上げされる。
「あなたこんな良い曲でしたっけ?」と、韓国旅行から帰ってきた女友達の激変した顔を見るようなそんな変貌ぶりだ。
自分のわめき声を吹き込んでいるときには1ミリも感じたことのない、This is プロフェッショナルな歌声マジックである。
ゆあーん ゆよーん ゆやゆよんなサーカスの歌詞づくり
今回の曲のテーマはサーカスだ。
レトロでエモーショナルなメロディーができた瞬間に、頭にぱっと浮かんだテーマだった。
それはガチもんのリアルなサーカスでなく、なんていうか中原中也の「ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん」みたいな幻想的な想像上のサーカスだ。
あの類のサーカスの光景は、妙におれをノスタルジックかつセンチメンタルな気分にするのだ。
平日はすれた現代社会でサラリーマンをしているおれの、現実逃避願望の表れかもしれない。
あとは大好きなバンド・ミッシェルガンエレファントのチバユウスケがよくサーカスを題材にするからその影響もあると思う。
おれは脳内に潜む中原中也とチバユウスケに影響されすぎないように歌詞を書いた。
こんなデモ音源は嫌だ
前回詩歩嬢にお願いしたときは、一緒にスタジオに入りなるべく邪魔しないように気をつけてレコーディングの手伝いをした。
が、今回は詩歩嬢がパッと録ってきてくれてデータを渡してくれるという。
前回のスタジオがかなり楽しかったのでじゃっかん寂しいがしょうがない。
依頼するにあたって一番やっかいなのが最初のやりとりだ。
とりあえず詩歩嬢にどんな曲かを伝える必要があるので、自分で仮歌を入れたデモ音源を作らないといけないのである。
しかし、歌う前から歌いこなせないと自覚のある曲だ。
うまくいく気がまるでしない。
録ってみると案の定、仮歌はひどいことになり、メガネ野郎が暗い声で幻想的なサーカスの光景をぼそぼそ歌うという、切なさよりホラー要素の強い一曲になった。
「これは依頼していいのだろうか……そもそも女子に聴かせて訴えられないだろうか……」
自分の歌声を入れたデモ音源のあまりのひどさに、曲のクオリティそのものが疑わしくなり、詩歩嬢への依頼が申し訳なくなる勢いだった。
しかし乗りかかった船だ。もういくしかない。
おれは目をつぶりながら「お願いします!」と詩歩嬢にデータを送った。
あなたこんな良い曲でしたっけ?
で、待つこと数週間。
詩歩嬢からボーカルのデータが届いた。
なんとお願いしていないにもかかわらずコーラス部分まで用意してくれる安定の女神っぷりだ。
おれはおもむろにパソコンの楽曲データを開くと、まずは完全に用済みとなった自分の仮歌ボーカルを容赦無く削除した。
そして送られてきたばかりの詩歩嬢のボーカルを乗せてみた。
すげえ。
もう、すげえの一言である。
彼女のナチュラルに切ない歌声で、曲が一気に色づき絵画的になった。
おれの仮歌時とは完全に別の曲だ。
おれはつくづく自分で歌わなくて正解だったなと噛み締めながら、曲の仕上げに取りかかった。
各音楽ストリーミングサービスで、11/18から配信開始なので長い冬の夜にぜひぜひ。