この丸メガネはミュージシャンなの?

音楽ブログを早々に諦め、ゆるめのサブカルブログへ男は舵をきった

春樹な僕は新宿のジャズ喫茶・DUGに入った。

和田誠デザインのDUGのロゴコースター

新宿老舗ジャズ喫茶・DUGへ

冬になると、おれは僕になる。

その季節によって、必ず聴くアルバムや必ず読む小説がある。

作品に出会った季節や、作品の中の季節、思い出とのリンク。他諸々の理由で、作品と季節が脳内で強固に結びついているものだ。

おれの中で代表的なものだと、
春はリバティーンズ、夏は避暑地の猫(宮本輝)、秋はなんだろな、で冬はノルウェイの森村上春樹)だ。

という感じに、おれの中で村上春樹の季節がやってきた。

この時期になると「おれ」は「僕」に変わり、「おれ達」は「我々」に変わる。

先日、僕は冬の新宿をさまよい、とあるジャズ喫茶に足を踏み入れた。

偶然にもそこがノルウェイの森に出てくる老舗ジャズ喫茶・DUGだったのだ。
うかつなことに、僕はそれを知らないままにDUGへ足を踏み入れた。

DUGとは

新宿にある老舗のジャズ喫茶・ジャズバー。
こだわりの音響設備によるJazzはもちろんのこと、マスターが撮った多くのアーティストの写真が楽しめる。
渡辺貞夫山下洋輔らのジャズミュージシャンの他、寺山修司荒木経惟村上春樹といった文化人が通ったという。
ロゴマークはこれまた常連だったという和田誠デザイン。氏の代表的なデザイン・ハイライトを彷彿とさせるくすんだブルーがめちゃかっこいい。

 

新宿ジャズバーDUGの店外写真

DUGの入口

我々はDUGを見つけた

ドイツ語の授業が終わると我々は新宿の街に出て、紀伊國屋の裏手の地下にあるDUGに入ってウォッカ・トニックを二杯ずつ飲んだ。

「時々ここに来るのよ、昼間にお酒飲んでもやましい感じしないから」と彼女は言った。
「そんなにお昼から飲んでるの?」
「たまによ」と緑はグラスに残った氷をかちゃかちゃと音を立てて振った。
「たまに世の中が辛くなると、ここに来てウォッカトニック飲むのよ」
「世の中が辛いの?」
「たまにね」と緑は言った。「私には私で色々と問題があるのよ」
「たとえばどんなこと?」
「家のこと、恋人のこと、生理不順のこと――いろいろよね」
「もう一杯飲めば?」
「もちろんよ」
僕は手をあげてウェイターを呼び、ウォッカトニックを二杯注文した。

ノルウェイの森より)

その日、おれの隣は上品な冬物のコートに身を包んだ緑ちゃんではなく、男くさいバブアーのアウターを颯爽とまとった友人・Yだった。

「やれやれ」とため息をつきたくなる残念なシチュエーションだ。

で、なぜか彼も偶然、村上春樹作の国境の南、太陽の西を読み終えたばかりで、春樹特有のシティポップ的おしゃれ感と不貞行為のスリリングさに魅了された状態だった。

そんなタイミングなので、新宿界隈をさまよう間に何度か村上春樹の話題は出た。
「国境〜」後半の怒涛の性行為にフォーカスした、見事に知性を感じさせない会話だ。
我々による村上春樹の解釈なんて、せいぜいそんなもんだ。

二人の春樹が新宿をゆく。で、下世話な話をしつつ要件をすませつつ歩いているうち、我々は疲れた。

「とりあえず暖をとろう。純喫茶的なとこがいい」というYが自ら食べログを調べ、「なんか"ダグ"っていう店の評価が高いから行ってみよう」となり、足を踏み入れることになったのだ。

我々はDUGに入店した。

ビルの一角にある雰囲気最高の狭い階段をくだっていくと、今では懐かしいと思うようにさえなった、紙タバコの香りが漂ってきた。

で、入り口の重たそうなドアを開くと、まるで映画の世界に入ったようにそこは1970年代だった。
想像以上に狭い店内に、想像を遥かに超える数の客が所狭しと座っている。

その連中のハードボイルドな面構えときたら。
Jazzとタバコとコーヒーで生成されたThe・ジャズ喫茶の客そのものだった。

即座に圧倒されたおれだが、雰囲気に洗脳されるのは得意分野でもある。

ウェイターを務めるスタイリッシュなお姉さんに「ジュンちゃん、今日混んでるね」と言わんばかりの顔で席へとついて、フワフワした泡のコーヒーを注文した。

ジュンちゃんって誰だね。

 

DUGのメニュー表

メニューにも味わいがすごい

JAZZも知らない我々を誰がなぜ導いたのか

生々しいJAZZの音に満たされた紫煙漂う店内。
そこかしこにマスターが撮影したジャズミュージシャンの迫力ある写真が飾られている。

店内の写真を撮りたかったのだが、常連のジャズメン達から「インスタもやし野郎」と思われそうで、おれはシャッターを切れなかった。

とにかく、おれごときの知識ではジャの字を出すのもはばかられる雰囲気だ。

こういうときにYは強い。
マイルス・デイヴィスは聴くべきだ」
ジョン・コルトレーンはよく聴いた」
といった、BLUE GIANTの1巻で網羅できる浅い知識を堂々と放りこんでくる。

メニュー名にあった「Blue Train」を豆の種類と思い込んだ人間が一番言っちゃいけない言葉が「ジョン・コルトレーンはよく聴いた」だというのに、逆にかっこよすぎる。

我々は春樹に導かれていた

コーヒーを飲むうち、徐々にDUGの雰囲気にも慣れていった。
むしろドアが開くたびに「またペーペーが来やがった」と常連目線から客を判断しだす始末だ。

そのうちに眠くなってきたおれは「また来よう」と思いながら「帰ろう」とYに言って店を出ることにした。

ここは名店に違いない。
そう確信したおれはお会計の時にコースターとショップカードとマッチをいただき、持って帰った。

そして、帰宅後に知る村上春樹との関連性
ノルウェイの森には実名で登場してさえいる。

思えば、今日は昼から村上春樹の話題が頻出していた。まったく奇妙な偶然だ。
おれは春樹によってあの店に導かれたんだなと、そう思った。
なぜ導いたかはわからない。
でも世界はそういうものなのだ。
やれやれ。

ではでは。