日常に潜む旅人たち
仲のいい後輩が会社を辞めることになった。
彼は生粋のバックパッカーで、出会って5秒で「一般社会は窮屈すぎるだろうな」と思ってたから、想定内というか自然な流れというか、鳥が空へ羽ばたくのを見送るがごとしである。
それはともかく、なぜか縁あってバックパッカーと知り合うことが多い。
旅に出る前の旅人は、意外と一般社会に潜んでいるものだ。
てな感じで、台風のせいで倦怠感がマックスな休日に、バックパッカーへ思いを馳せて深夜特急を読んでいたら、ひとりの優しげな坊主頭の男の顔が浮かんできた。
それが冒頭のコラ画像の男だ。
この画像のクオリティが、今日の私の倦怠感を物語っている。
彼の名は"マルコメ"。
私が人生で初めて出会ったバックパッカーである。
期間工の待遇を最大限に活用するバックパッカー
おれはかつて自動車工場の期間工として働いていた時期がある。
期間工こと期間従業員は、その名の通り期間限定で工場で働く従業員を指す。
期間工の待遇はすごい。
入社祝金・その他ボーナスを含めた給与は「そんなうまい話が」というレベルだし、
その期間中にはメシはもちろんのこと、社員寮という名のマンションまで与えてもらえる。
一見メリットばかりのようだが、もちろんそんなうますぎる話はない。
仕事内容が過酷なのは言うまでもなく、最大のデメリットは雇用期間が有限(最長でも2〜3年)ということだ。
そして悲しいことに、ここで積んだ実績・スキルは工場の外に出たときに、ほぼ評価されない。
ファンタジスタと称されたおれのインパクトドライバーのテクニックが、外界の面接ではこんなに響かないものかと驚いた。
まあそれはいい。
その期間の有限というデメリットを、デメリットとしないジャンルの工員たちがいる。 それがバックパッカーだ。
バックパッカー・マルコメという男
金が貯まったら長期的に海外に飛ぶバックパッカーにとって、雇用期間が無限にあったところでなんの意味もない。
期間工として短期間で集中的に金を稼いで、行きたい国に行き金を使い切って帰ってきて、また期間工で金を貯めて次の国へ旅立つ。
このサイクルが可能であるゆえに、期間工はバックパッカーから人気のある職だ。
おれのチームにもごりごりのバックパッカーがひとりいた。
正確な名前は忘れたが、ハナマルキの小坊主・マルコメ君にそっくりだったのでマルコメとおれは呼んでいる。
いつしかおれとマルコメは、喫煙所で語り合う仲になっていた。
旅人ならではの深みある落ち着きと、人の良さとをあわせ持ったマルコメの笑顔を見ているうちに、おれはたちまち彼のとりこになった。
クレイジージャーニー・マルコメの体験談
マルコメは世界各地で体験した様々な逸話をおれに語ってくれた。
どこの工場でもそうだろうが、喫煙所の話題なんて大体3パターンくらいしかない。
メシ・ギャンブル・女。
男の本能に忠実な前時代的トライアングルだ。
そんな中にあってのマルコメの旅話に、おれは久しく離れていた「文化」を感じた。
「半年、いや3ヶ月経ったらまた旅立とうと思っている。まだ国は決めてない」
どこか遠い目でマルコメはそう言って笑った。
そんな彼が妙に輝いて見えた。自由という名の輝きだ。
マルコメの海外トークはなかなかにクレイジーで、そのクレイジーさ故に彼のスケールのでかさも感じるものであった。
コロナ前からステイホームを心がけてたおれにとっては、全てが夢物語のような冒険譚だ。
では、マルコメの体験談ベスト3でも書こう。
と思ったら、どうしても話が2つしか思い出せなかった。ベスト2を書こう。
記憶が曖昧な点はご承知おきを。
第2位:マルコメ、モンゴルで野犬に襲われる
モンゴルの延々と広がる大草原にやってきたマルコメ。
ちなみにマルコメの移動手段は基本的に自転車らしい。
しかもプロ仕様の何十万もする自転車ではなく、ASAHIサイクルで買ったママチャリをいじくってちょっとグレードアップさせたようなマシンが、長年の相棒だそうだ。
彼いわく、ママチャリのポテンシャルは、日本の狭いストリートで収まるものではないとのこと。
さすが世界に二桁いった男の言葉は説得力が違う。突然にママチャリが格好よく思えてきた。
広大な土地をマルコメはひたすら地平線に向かって走っていたらしい。
夜になったら簡易的なテントを張り、大草原の中でソロキャンプをするという、ちょっとおれには想像がつかない恐ろしくも神秘的な世界だ。
そして事件はそんな月夜の晩に起きた。
いつものようにマルコメが寝てると、突然テントが激しく揺さぶられた。
びっくりして飛び起きるマルコメ。
その鼻にThe・獣 といった感じの凄まじい臭気が飛び込んでくる。
そして間近で響く凶悪なうなり声。
野犬だ!
と直感した次の瞬間、顔の横のテントの布地が、でーん!と犬の顔の形になって、突き出してきた。
野犬が強引にテントに突入しようとしている。
思わずマルコメは「やめて!」と乙女のような声で叫んだらしい。
しかし野犬に言葉は通じない。
そもそもモンゴルの犬だから、ワンチャン言葉が通じたとしても日本語は通じない。
と、そんな考えが猛スピードで頭を駆け抜けていく間に、うなり声が複数になっている。 野犬の仲間がきたのだ。
マルコメからそこまで聞いたとき、おれは静かに決意を固めていた。
「ぜったいモンゴルなんていかねえぞ」
そんな絶体絶命のシチュエーションで、マルコメがとった行動は、フライパンと鍋を激しく叩くことだった。
これは賭けだった。
野犬の興奮を煽ってしまい、さらに状況が悪化する可能性もある一か八かの決死の作戦だった。
「なんのその どうせ散る身の ひと叩き」
そんな辞世の句が頭によぎったかは知らないが、とにかくマルコメはYOSHIKIもかくやという一世一代、BPM160の超高速ドラミングを行った。
結果的にこれが功を奏して、野犬たちに「あのテント、なんかやべえ」みたいな空気が広がり、徐々に遠ざかり去っていったそうだ。
当時の気持ちをマルコメに聞くと、
「この時は死んだと思った。本当に死ぬという覚悟を固めた。割とあっさり固まったのが自分でも驚きだった。あれ以来、恐ろしいと思うことが少なくなったから良い経験だった。
また行きたい」と言って笑っていた。
正気かね。
第1位:マルコメ、ドイツのアウトバーンをママチャリで走る
今度はドイツに現れたマルコメ。
ママチャリで気持ちよく走っていたら、気づくとアウトバーンに入りこんでいたそうだ。
なによりまずアウトバーンのガバガバさに驚きだ。
【アウトバーンとは】
ドイツが誇る超高速国道。
かのヒトラーが産業・軍事上の為に企画した自動車専用の道路であり、その最大の特徴は速度無制限区間があることで、日本では不可能な超高速のドライブが許される。
で、さすがのマルコメもあせったらしい。
なにしろ、隣では時速160キロでも遅いとされるスピード感、GT-Rクラスの車が弾丸のように行き交っているのだ。
時速160キロは、大谷君のストレートとほぼ同じ速度である。
対するこちらはママチャリだ。
空気が読めていないにもほどがある。
このアウトバーンに迷い込んだ謎のジャップの存在は、ドイツ警察もたちまち感知した。
『おかしな坊主のアジアンが自転車をこいでおります!』
無線にはそんな報告が飛び交っただろう。
スタイリッシュなブルーを基調としたドイツ警察のパトカーが、マルコメのママチャリを猛スピードで追跡開始して、あっという間に彼を射程圏内に捉えた。
事態がまるでわからず、とりあえずの恐怖心に煽られながら依然としてアウトバーンを走り続けるマルコメ。
後ろから迫るサイレンの音と、何を言っているかわからないスピーカーのダミ声。
マルコメはおそらくその夜のドイツ最大の不審者として、ママチャリで勝ち目のないカーチェイスを繰り広げた。
その時の気持ちをマルコメに聞いてみると、
「撃たれると思った。それくらい現場には緊張感があった。パトカーに捕まって事情聴取されている間、警察官から何度も"クレイジー"とつぶやかれた。
また行きたい」 と言って笑っていた。
正気じゃねえな!
グッドラック、すべての旅人たち
マルコメと働いている間、彼が周りの人間を悪く言うことはなかった。
仕事への愚痴を言っているところも聞いたことがない。
彼の目はいつでもまだ見ぬ外の世界に向けられていて、それ以外のことはとるに足らない些事だったんだと思う。
このチルな感じの穏やかさは、マルコメ以外のバックパッカー達にも共通して感じるものだ。
工場の中で起こる、あいつがムカつくだ、誰側につくだの小さな派閥争い。
喫煙所でそんな話題が繰り広げられるときも、彼だけは穏やかな鹿のような目で、静かにタバコを吸っていた。
おれはそんなマルコメが好きだった。
マルコメはまだ旅をし続けているのだろう。ママチャリで風を切っているのだろう。
マルコメ、きみは今どこを走っているんだ?
全ての旅人たちへ、グッドラック。
では僕はおやすみなさい。