この丸メガネはミュージシャンなの?

音楽ブログを早々に諦め、ゆるめのサブカルブログへ男は舵をきった

初恋相手にバイクで轢かれた男

スクーターで走るイメージ画像

初恋相手のスクーター女子とのあの日

あの時おれは若く、そしてあの子も若かった

冬になると初恋のあの子を思い出す。
忘れていた古傷がズキズキと痛むように、というか実際に古傷が痛むから、めっちゃ思い出す。

あれはまだおれが20歳とかそこらの時だ。
おれは地元で有名なインスタ映えしそうなイタリアンレストランでウェイターのバイトをしていた。

そこで出会ったのが、2コ下の後輩・鈴木ちゃん(仮名)だった。

パッと見70点。
話してみて80点。
その次に会ったらなぜか100点

まるで冬季講習から受験に本腰を入れた奴の模試の結果のように、彼女のスコアは数日で満点まで一気に昇りつめた。
瞬間最大風速で見れば、100点満点中MAX280点に届いたことさえある。

恋愛のパワーは、限界突破の異常値を示すこともある。
その常識では計れない熱量が、恋という病にはあることを、鈴木ちゃんとの出会いでおれは学んだ。
深みにはまるにあたって、これといったきっかけは特にない。
恋とはそういうものだ。

おれのバイトへ行く目的は、「金を稼ぐため」から「鈴木ちゃんと会うため」に完全にシフトした。
出勤意欲は、その日に鈴木ちゃんがいるかいないかで1,000と0とを行き来した。
おれと鈴木ちゃんとのトークタイムは、客の多さに反比例する形で短くなってしまうので、いつしかおれは「お願いだから客よ来ないでくれ」という反営業的勢力の権化と化していた。

今でも、ファミレスで若いバイトの男女が、接客の合間にぺちゃくちゃお喋りしているのを見ると、当時の自分を思い出し、ほほえましいような恥ずかしいような懐かしいような複雑な気分になる。
そんなキラキラとした光景に遭遇するたびに「これは教育だ」と心を鬼にして、トークが最高潮をみせたタイミングを見はからってピンポンを押すようにしている。

鈴木ちゃんの魅力とは

・店内の灯りを柔らかく反射する茶色い髪(染めてなく生まれつきらしい)
・どこか異邦の香を感じる日本人では珍しい茶色い瞳(カラコンじゃないらしい)
新雪を思わせる白い肌と、地味ながらも美しくかつ優しげに整った顔立ち。(お人形さんじゃないらしい)

彼女の魅力を表現する言葉はキモいくらいにあるが、おれが何より彼女へ魅力を感じたのは"おっとり"していたというところだ。

大人になり酸いも甘いも経験した今ならわかる。
"きっちり"や"しっかり"より、"おっとり"の女子のほうが圧倒的に厄介だということを。

しかし当時のおれは若かった。
おっとりの裏に潜む色々厄介な部分がわかるはずもないくらい、若かった。

そしてあの日のランチ休憩へ

このレストラン、土日はランチから通し営業をしており、アイドルタイム(ランチとディナーとの間のヒマな時間)は、フロアに社員一人を残して、他のバイトはいったん家に帰るか、休憩室でだらだらと惰性的な時間を過ごすかが常だった。

その日のアイドルタイムの休憩室は、おれと鈴木ちゃんのふたりきりだった。

おれは「この休憩時間が永久にループしたまま人生が終わればいい」と思いながら、鈴木ちゃんと一緒にまかないのパスタを食べ、とりとめない会話を繰り広げていた。

「まだ2時間ありますね〜」
「まだ2時間あるねー」
「ひまですね〜」
「ひまだねー」
鈴木ちゃんの魅力を追いかけるのに夢中すぎて、オウム同様の反応を見せていたおれに退屈したのかわからない。
ただその後、彼女は突然こう言ったのだ。
わたし、バイク乗ってみたいな」と。

そして駐車場へ

おれはこのレストランに、相棒である原チャリで通勤しており、その原チャリは今まさに、店の裏の東京では考えられないくらいだだっ広い駐車場の片隅に停まっている。
おれには鈴木ちゃんの言葉が「一緒にどこか遠くへ逃げたいな」という愛の逃避行のささやきに聞こえた。

何からも追われず、何からも逃げていない二人だったが、おれにはそう脳内変換されていた。
恋とはそういうものだ。
よし乗ろう。行こう。北へ
おれはそう即答していた。

駐車場へ向かう途中で気づいたことはいくつかあって、まず原チャリの定員は1名だから鈴木ちゃんと一緒に逃げることはできないこと、そして彼女は一緒に逃げたいわけじゃなく、原チャリ(本当はおっきいバイク)を一度運転してみたいだけということである。

アイドルタイムののどかな駐車場で、おれと鈴木ちゃんの原チャリ講習が始まった。
おれがブルルンとエンジンをかけると、彼女の口から小さな歓声があがった。

おれは颯爽と原チャリにまたがると、
「で、ここをクイってやるじゃん。したらシュって走り出すじゃん、でも超大事なのは最初クイってやりすぎないこと。ゆっくりひねってブイーンってなってから徐々にスピード上げていく」
と、ミスター長嶋茂雄なフィーリング重視のレクチャーを実演しながら語った。

駐車場を一周してきたおれは、原チャリを停めてヘルメットを脱いだ。
「鈴木ちゃん、車の免許ってもってる?」
「はい、この前とりました」
「なら全然だいじょうぶ。余裕だわ。じゃ乗ってみようか」

そしてドラマは始まる

おれのヘルメットをかぶった鈴木ちゃんは、かわいかった。
男物のワイシャツを着た彼女的な、大の男がキュンキュン悶絶したくなる超絶なかわいさがあった。

おれは原チャリに乗った彼女の前方、20mほどの地点に立つと、ハイハイしてくる我が子を待つパパのような笑みで「ゴー!」と叫んだ。

予想していたより遥かに高度なスタートダッシュをキメて鈴木ちゃんが走りだした。
マリオカートでしか見たことのないような、いきなりぶっち切りのトップスピードだ。

「ちょちょ、もうちょっと遅く!!」
「え!! これ速い!!!」
早くもおれまで10m
「おい! てか一回ブレーキ!!」
「ブレーキかけてるけど止まんない!!」

その時、おれは気づいた。
鈴木ちゃんは自転車のブレーキしか使ったことがない。
当然、今もその要領でブレーキを締めれば止まってくれると信じて、祈るようにブレーキレバーを握っている。
しかし、原チャリのブレーキは、一度アクセルのひねりを元に戻して、その後握らないと止まらないのだ。

「鈴木ちゃんアクセル戻して!!」
「なにこれ止まんない!!!!」

おっとり女子が運転しているとは思えない、凶暴なスピードの原チャリがおれに近づいてくる。
おれまで5m

むりだ!
危険を察知したおれの脳は、反復横飛び的な動きで体を素早く原チャリの進路からはずした。
つまり逃げた。
横へ逃げた。

しかし、パニックになった鈴木ちゃん操る原チャリは、持ち主のおれが見たこともない複雑な蛇行運転をかまし、避けたはずのおれへと進路を変えて向かってきた。
運転席の鈴木ちゃんは、消えたパパを探すときの泣き顔だ。

直後、革靴に包まれたおれの右足の親指を、おれの相棒の車輪が豪快に轢いた
" 痛ぇえ!! "
と思ったが、その瞬間、原チャリのスピードがガクッと落ちた。
その隙を逃さなかった。

おれは、いまだにあの時のおれがどんな動きをしたのかわからない動きで、運転席の鈴木ちゃんを抱えて、原チャリからひっぺがし、ふたりで駐車場に倒れ込んだ。
原チャリは慣性の法則で少し走った後、派手な音を立てて横へ倒れた。

しばらく無言だった。
荒い息を吐く鈴木ちゃんを腕の中に抱いたまま、横倒しになった原チャリを見つめた。
車輪がかすかに回転していて、虫の息のようなエンジン音がする。

雰囲気的には、ジュラシックワールドで生きのびたエンディングのようだが、よく考えれば黒幕はおれだ。

おれは、ブレーキのかけ方を教え忘れてしまったことに鈴木ちゃんが気づかないよう、巧みな言い回しでうまく誘導しながら彼女を休憩室へと送りとどけ、店長に「この子をよろしくお願いします」と良い顔で伝えた後、相棒に乗って病院へ向かった。

その結果、
骨折していた。

そして現在へ

今でも冬になると、あのとき骨折をした右足親指が痛む。
そして痛むと反射的にあの冬の日を思い出す。

あれは確かに悲惨な思い出だ。
ただ、不幸かと問われれば、違うと答える。
今でもおれは、甘い青春のうずきと共に、あの冬の日を思い出す。
そう、大人がもう経験できない悲惨な思い出の積み重ねを、人は「青春」と呼ぶのだ。

鈴木ちゃんとおれがその後、どうなったか。
おれの記憶が確かであれば、どうにもなっていないことだけは間違いない。