隙がないほど品のない曲を作りたい欲求
先日おれは、IWGPigという曲を作った。
曲名はクドカン脚本の名ドラマ・池袋ウエストゲートパークにかけている。
池袋西口の豚、という意味だ。
独身生活を送るサラリーマンが本気で曲を作るとこうなるのか。と自分でも驚いたくらい、なんていうか聴いたことのないラジカルな1曲だ。
偏執的といっていいほど、どこを切り取っても品が無いように隙間を埋めていった、隙のない品のなさが特徴的な曲で、リリックを書き終えた時は難解なパズルを完成させたような爽快感がみなぎった。
闇のパズルを自らつくり、自ら解いてダークサイドに堕ちていく。
キッズには真似してほしくない、大人の遊戯王の遊びだ。
デモバージョンを動画サイトに歌詞といっしょに上げてみたら、瞬時に非公開の制裁をくらった。
カニエ・ウェストの歌詞カードの和訳を書いた奴がおれを狂わせたのさ
ただ何をきっかけに、このような誰も幸せにならない歌が、おれから湧きあがってきたのか?
それはカニエのせいだ。むろん敬三ではなくウェストのほうだ。
アメリカ大統領選でトランプ以上におれ界隈では話題になっているお騒がせスターだ。カニエ・ウェストが変人なのは世界共通認識だが、それ以上に音楽的な才能が突出している紛れもない天才である。
で、この前に掃除をしていたら昔買ったカニエ・ウェストの傑作アルバム「My Beautiful Dark Twisted Fantasy」の歌詞カードが出てきたのだ。
最近はもっぱらストリーミングかダウンロード、時たまCDを買ったとしても輸入盤だから、この日本語で訳された歌詞カードというのが、懐かしくもひどく新鮮でおれは思わず掃除をやめて熟読してみた。
「ひでえ」まず思ったことはそれだった。
そういえばそうだ思い出した。
洋楽の歌詞を日本語訳にしたものは、大体の場合で悲惨なことになるんだった、
日本語と英語の間には、無傷で往来できる道などないのだ。
とにかく洋楽を和訳すると、これは大概しくじる。
割とシンプルなポップスの歌詞であろうが起こりうる現象なので、押韻ありきリズムありき売れ線でもスラング満載で過激な内容が主たるヒップホップで悲惨にならないわけがない。
たとえばこのアルバムの中のヒット曲『POWER』から数節あげてみよう。
『いいか どんな男も力を独占しちゃいけねえ チクタクチクタク時間が迫っている』
『俺のパワーで君の人生 ドキドキさせてやるぜ(最高にな)』
これ一体、どんな顔の大人がどんな顔をしながら翻訳したんだろう。
まずおれが思ったことがそれだ。
冗談が過ぎてるよ(最高にな) カニエが読んだら銃を向けてくるぞ(絶対にな)
そう、なんていうか微妙なニュアンスで伝えづらいんだけど、訳者のがんばってる感がそのがんばり度に比例してマイナスを生むのが和訳歌詞カードなのだ。
おれとしてはチクタクとかドキドキとかの小学生っぽい言葉を、大人が普通に使ってくるのがまずいけてないし全然ストリートじゃねえし通学路かよと思って萎えるし、
さらには「しちゃいけねえ」みたいに訳者がカニエを憑依させて、てかさせたせいで出てきてしまったであろう、このべらんめえ口調のキャラもきっついわと思ってしまう。
どこの江戸っ子だよ。
上にあげた歌詞はそういった理由でまあ最悪だし、これ以外にも胸焼けがするほど江戸風カニエ節がでてくる。なんか江戸風カニエ節ってうまそうだな。
で、本題はここからだ。
たしかにカニエのリリックの間違った解釈はおれを萎えさせる。
ただアルバム内の訳詞の全部が全部ダメというわけでもなく、不覚にもおれのテンションをアゲる訳が時たま顔をだしてきやがるのだ。
では再び「POWER」から。
『女のア●コなんて要らねえぜ ビ●チ 俺の肉 棒で充分だ』
『もっとハッキリ言えば「おれの糞穴にチューしてろ」おれが糞男だって? 冗談が過ぎてるぜ』
これはしびれた。"女のアソコ"みたいにオーソドックスな濁し方をしたかと思えば、その直後に"肉 棒"みたいな160キロ直球を投げ込んでくるこの緩急のつけ方。
お嬢さんをエスコートしながら、下は全裸みたいな、気を遣ってんだか何をしたいんだかのどっちつかずなアンバランス感がダメな変態ぽくて良い。おれの例えも崩れだしてる。
あとこれは強く思ったがカニエの風体に"肉 棒"というワードが妙に合ってていい。
曲名の「POWER」に新たな力がギンギンにみなぎる気がする。
はっ、そういえばカニエ・ウェストはふんどしも似合う気がする。
あれ、だとすると訳者が憑依させた江戸っ子のカニエ像は、あながち的はずれではないかもしれないのではないか…。
いや、はずれだよ。あぶねえあぶねえ。
まあいい。次は満を持しての必殺ワードの登場だ。
お待たせしました。「糞穴」の登場だ。
もうほんとね、これはすごい。
だって「糞穴」って単語、人生で初めて見たよ。
狂った翻訳ソフトが提示してきたような正気の人間では思いつかないような、ド直球のストレートだ。
「肛門」よりもさらにストレートなのが、「糞穴」のすごさを物語っている。
とにかく、人生でこんな日がくるとは思わなかったが、おれは「糞穴」という言葉にひどく感動した。
そして改めて全曲の歌詞を眺めてみて、HipHopってやっぱこの下品さ下劣さがカルチャーとして根付いている分野だな、と再確認をした。
もちろん良い意味でだ。
「My Beautiful Dark Twisted Fantasy」って超売れたし、2010年代を代表する一枚の定番でもあるけど、Mステで歌える歌詞じゃない曲ばっかりだもんな。
当時、もしカニエが来日してMステに出演してたら「POWER」のテロップはどう処理していたのだろう。
まさかの「糞穴」のお茶の間デビューがあったのだろうか。
とにかくこの「糞穴」の衝撃でおれの目は覚めた。
どうやらおれはシャレオツな休日DJに憧れるあまり、おとなしくなりすぎていたようだ。
おれはなんでもありなパンクさを気に入ってHipHopを好きになったんじゃないか。
よし、おれも作ろう。豚野郎による、豚野郎どもに捧げる歌を作ろう。
そして目覚めたおれが作ったのが、最初にリンクを貼った「IWGPig」ってわけなのです。
アルバムの中で一番気に入ってるんだけど全然評価されない不遇なやつです。
ではでは。