この丸メガネはミュージシャンなの?

音楽ブログを早々に諦め、ゆるめのサブカルブログへ男は舵をきった

ある男の人生が始まった部屋

今週のお題「カメラロールから1枚」

TOKYO STYLE


壁に貼られたミュージシャンのポスター。300冊もの文庫本。ThinkPadユニクロのネルシャツ。バーバリーのマフラー。ポーターのトートバッグ。赤いストラトキャスターお〜いお茶。マーシャルのヘッドフォン。

これは以前におれが住んでいた部屋の写真だ。


東京都豊島区、池袋からほど近いアパートの一室。
家賃・4,5000円。
2000年代とは思えないこの六畳のタタミ部屋で、おれは一社会人として初めて自立した人生をスタートさせた。

人生のわりと早い段階で将来を捨ててかかったおれは、その前は実家に住みながらニートとフリーターをいったりきたりしていた。
恥もなにもなかった。
外では同じように自堕落な仲間たちと遊び、家の中ではパソコンに向き合い刹那的な快楽ばかり追いかけて、1年先のことさえ見ないようにして過ごしていた。

しばらくして実家から追い出されたおれは、今度はつき合っていた女の子のマンションに転がり込んだ。

ニート、フリーターを経て、おれが進んだ次の階段はヒモだった。
恥もなにもなかった。

「おれは労働に向いてないんだよ」
たまに息抜きがてらマンションを出て、友達にマックでハンバーガーをおごってもらいながら、そうおれはこぼした。

それにDV癖とかある男と比べたら、平和的に家にいて癒しも与えているおれは相当マシな人間だ。
当時、おれは本気でそう思っていた。

カスだ。

彼女の中でも、おれへの不信感、おれという男がカスだという確信性が徐々に強まっていったのだろう。

同棲という名のヒモ生活がはじまって一年経った頃、5月の強い春風の中、おれは彼女に別れ話を切り出された。
すでに答えを決めてある女の冷めた目。
ダメなおれと一緒にいたら自分がダメになると思う的なことをばっさり告げられた。
そして、好きになってきている人が他にいるとも。

そしておれは、冒頭の池袋のアパートへ流れ着いた。
家賃は激安だったが、当時のおれの収入ではそれでもカツカツだった。

たまに会う住人たちは、皆なにかを諦めたような正気のない目をした男たちだった。
なぜか揃って、シワのついたチェックのシャツを着ていた。
入り口のゴミ捨て場は曜日に関係なく散乱していた。
隣室のおっさんは毎週金曜になるとデリヘル嬢を呼んで、その嬢の甲高い声がアパートの薄い壁から響いた。

おれはかすかに聞こえてくるおっさんと嬢の敬語の会話を聞きながら、絶対にここから出なきゃなんねえと思って、勉強をはじめた。