って上の一文を書いてみて、これから感傷的な演出を自分がやりだしかねない悪い予感がしている。
これがリアルタイムな死の厄介なところだ。
律しよう。
気持ち悪い感じにならないように、自分を律しながら書いていこう。
もちろん新刊が出たら必ず買っていた唯一の小説家だけに、これ以上新作が読めないという寂しさはある。
が、これから書こうとしてるのは西村賢太がらみのスポットに行ってきたというシンプルなお散歩話で、それ以上の追悼的な意味合いは特にないのだ。
それが真の賢太ファンってもんよ。
藤澤清造を弔いに西村賢太が訪れた東京タワー
ちょうど命日に合わせる形で、恐らく最後になるであろう小説集「蝙蝠か燕か」が刊行された。
今や一銭も使えなくなった天国の賢太が知ったら、音読できない罵倒をしそうな素敵なタイミングでの刊行だ。
で、おれはもちろんそれを買って読み、そこに賢太が死の半年前に芝公園に訪れた記述があり、仕事場が近いこともあって帰りにふらふらと芝公園へ行ってみた。
ちなみになぜ西村賢太が芝公園に行ったかというと、
彼が一方的に師匠として仰いでいる作家・藤澤清造がその生涯を終えた場所だからである。
昭和に入って間もない真冬の日、藤澤清造は芝公園の端にあった休憩所・六角堂にて凍え死んでいるのを発見される。
梅毒が脳まで回っての狂凍死。
その師の面影を求めて、西村賢太は毎年命日の真夜中に芝公園を訪れていたようだ。
で、今回おれはその西村賢太の面影を求めてその地に行ってきた。
平日夜の芝公園周辺は、思いのほか人が多かった。
時刻は22時過ぎだったがさすがは東京、カップルとジョガーがモブキャラばりに配置されていて、ゆっくりじっくりと賢太の面影を追いたいという想いは「さっと行ってさっと帰ろう」にあっさり変わった。
ようやく目的地である芝公園六角堂跡(現芝公園テニスコート周辺)までたどり着くと、この極寒の中ノースリーブでミニスカートを履いたアイドルらしき集団がいて、MVの撮影っぽいことをしていた。凍死した時の藤澤清造だってこんな薄着じゃなかっただろう。
最悪だ、とおれは思った。
さらに暗闇に目が慣れるにつれて、その少女達を親のような目で見守る着膨れた男達が、忍者のごとく周りに潜んでいることにも気づき、おれは驚いた。
男達のおれを見る目は「スマホは禁止ですよ。静かに見守りましょうね!」みたいな完全におれを同類と認識したものだった。
最悪だ、とおれは思った。
おれは「このデブ忍者共が!」と賢太風に心中で吐き捨てつつ、いちおう謝罪的な会釈をしつつ、六角堂跡から見える東京タワーの写真を撮った。
西村賢太作「芝公園六角堂跡」のカバー絵を彷彿とさせる良い写真が撮れた。
ドルオタ達の舌打ちが聞こえた。
西村賢太の通った鶯谷の名店「信濃路」
ドルオタの冷たい視線の中で東京タワーを撮った数日後、バレンタインデーの夜におれは鶯谷にいた。
きっかけはここにちょくちょく登場するおれの友人・ガロムから鶯谷の信濃路という居酒屋に誘われたからだ。
彼も西村賢太のファンで、没後1年のタイミングで信濃路に行きたいとなったのだ。
ここは西村賢太の小説に幾度となく登場する店で、西村賢太ファンにとっては聖地として知られる有名店である。
カオスとしか言いようのない鶯谷で、様々なドラマを抱えた数えきれない人たちの胃袋を満たしてきた信濃路。
味しかない店構えに臆しつつ我々は店内に入った。
店に入るとそこは、西村賢太の作品で読んだ通りの猥雑な世界だった。
天国の賢太にインスタもやし野郎と思われたくないので写真は撮らなかったが、肴の全てがここにあるような数えきれない張り紙メニュー、気持ちの良い適当さが心地いいカタコトの店員、三周くらい人生を経験したようななんていうか黒帯の客たちと、まあ味しかない店内だった。
ここにかつて西村賢太がいて、作品内では北町貫太がいて、秋恵とも一度訪れて、と思うとやはり感慨深いものがある。
まさかの登場あしたのジョー
信濃路にて目で見えた情報そのままの味がするハムカツや鳥刺しを食べ、どうしようもないトークを繰り広げ、ほろ酔いの我々は外に出た。
行ったことがある方はわかると思うが、鶯谷はバグった箱庭ゲームくらいラブホテルだらけの街で、バレンタインデーに男ふたりで歩くのはなかなかLGBTだ。
センシティブなLGBTの雑な使い方でわかる通り、この散歩話に疲れてきた。
今日のおれが眠りたがっている。
もう巻きでいく。
ともかくおれとガロムは、鶯谷から吉原ソープ街まで散歩してみようと風流なことを考えて歩き出した。
で、鶯谷のラブホ街を風流にくぐり抜け、迷いつつ吉原ソープ街に着いた頃、我々は疲れ果て、ネオンの中をほぼ無関心に素通りするという逆に風流な暴挙を行った。
そのまま風流に押されながら、吉原から千住方面にかけて歩いていくと暗闇に人影が立っていた。
たしかにここはジョーがいたかつてのドヤ街周辺だ。
歩き疲れた我々もこのサプライズな出会いにはテンションがブチ上がり、わちゃわちゃと写真を撮りジョーと戯れた。
亡くなった賢太の面影を追っているうちに、予期せぬ形で現れたあしたのジョーは、なんていうか光を感じたね。
今日のおれはもう脳が働いてないね。
ではでは。おやすみなさい。